本という贅沢82『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』(寿木けい/小学館)

理想でメシは食えない。理想と現実の折り合いをつけてなんとかやってい文字数

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。12月のテーマは「大掃除」。 なにかと気ぜわしい年末年始、食生活まわりは健全ですか?今週は書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんに『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』を、紹介してもらいます。ただのレシピ本ではない、「罪悪感」に効くというその内容とは――?

●本という贅沢82『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』(寿木けい/小学館)

『いつものごはんは、きほんの10品あればいい』(寿木けい/小学館)

先日、サチコが死んだ。サチコはうちの冷蔵庫の名前です。
突然バキって音がして、牛乳入れるポケットのところが割れた。そして、ドアが閉まらなくなった。冷凍庫を閉めると冷蔵庫のドアが開く。冷蔵庫のドアを閉めると冷凍庫の引き出しが開く。
これはねー、参った。結構、メンタルが参ったね。

サチコは自殺したんじゃないだろうかと思う。だって死ぬにはまだ若い。そう思ったら、ますます憂鬱になった。最近あまりにかまってあげていなかったから、命をかけて私に抗議をしたんじゃないか。

そう、私とサチコは、しばらく浅い関係になっていた。
ほんのちょっと前までは、8時間ぶっ通しでケータイゲームやる余裕あったし、キングダムとコナン全巻読み直して、なんなら小野不由美さんもいこうかってくらいだったのに、どうして突然こうなった?の年末進行デスマーチ。

サチコの奥をのぞくと、紅葉でもした?ってくらい黄色くなったケールと、秋に息子が学校で収穫したサツマイモのシワシワのカケラが出てきた。
こういうのに私は弱い。神様仏様サチコ様死んだじーちゃんばーちゃんすみません。こんな私が生きててすみません……。

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ところでいったん話は変わるけど、私は女や母親がするべきと言われている(かつて言われていた)ことを“やらない”ことにまったく罪悪感がない。真面目で繊細で傷つきやすいtelling,世代の皆さんにはいつも、面の皮厚い族の私の爪のアカを煎じて飲ませてあげたいと心から思っている。

よく、「仕事と家事をどう両立させていますか?」と質問されるのだけれど、そもそも私の脳内に「両立」という概念がない。
その二つはとくに分離してないし、私にとっては双方ただの生活で、生活の中で優先順位があるだけだ。

私にしかできないこと/私がやらなきゃいけないこと/私がやりたいことをまずやる。その上で、体力と気力があったら、誰がやってもいいことに手をつける。

掃除洗濯は、とくに好きじゃないし得意でもないし、別に自分でやる必要も感じないので、シッターさんやハウスキーパーさんをときどき頼んでしのいでる。(毎日頼んでいるわけではないのは、収入との兼ね合い)。私がやるより断然綺麗になるし、気持ちがいい。

育児もそう。
妊娠中、赤ちゃんをお腹にキープしておくこと、あれはずいぶん頑張った。あれは、久しぶりに私に与えられた「誰にも代わってもらえない」ミッションだった。あの、十月十日(とつきとおか)、私は全身全霊をかけて「育児」したと思う。
だけど、いったんお腹からリリースしちゃえば、これ、赤ちゃんのお世話は全人類でしていいヤツだと思った。いろいろ検証した結果、「私にしかできない」と感じる項目は幼少期にはほとんどないと判断したので、惜しみなくいろんな人の手を借りることにした。私が欠かさずやったことといえば、「ママはあなたが大好きよ」と毎晩言い続けたことくらいだ。

だから私は「女がすべきことの呪い」や「母親がすべきことの呪い」からは、比較的自由なタイプだと思う。思うのだけれど、ひとつだけ、ちょっと困っているというか、自分の首をしめていることがある。

私、
料理だけは、自分でしたいんだ!
これは自分がしなきゃいけないと思っちゃってるんだ。

なんでだろう。

料理ができなくなると、心が、すっごくすさむのだ、わたしの場合。
外食が続いたり、買った食材をうっかり腐らせてしまったり、そもそも食べるのが面倒で食べなかったり。そんなことが続くと、末梢神経から少しずつ自分が壊死していく気がする。

しかも、タチが悪いことに、
「予防接種? 別に母親が行かなきゃいけない理由ないよね」
とひらひら片手であしらう私なのに、
「お夕飯は一汁三菜きっちり揃っていなきゃ夫子供に提供してはならない」
と、思ってる。ぎゃ。これ、ほんと思ってるや。
だからダイニングに5皿並べられないくらいなら、その日は自炊中止。外に食べにいきましょうってなる。今書いてて自分でも驚愕したけれど、なんでこんなに極端なんだ、私。この呪いは何なんだ?

というわけで、私の唯一といってもいいウィークポイントが「ちゃんと自分と家族に食事食べさせている?」だったりする。
サチコが死んだ日、もうなんだか、言いようもないくらい落ち込んだ。
女として母としてポンコツだ。神様仏様サチコ様(以下略)という気持ちになったのは、そういう理由です。

だからこの本も、買ったはいいけど、なかなか読み進める勇気がなかったのよね。今読むと、罪悪感がつのって、ごめんなさいごめんなさい生きててすみませんって、なっちゃうんじゃないかと思ったから。

でもね、これ、そういう本じゃなかった。
むしろ、慣れない罪悪感で落ち込んでいる今の私に、必要な本だった。

これ、料理のレシピ本なんだけれど、ただのレシピ本じゃない。
なにせ、本の1行目が
「サーバー落ちてるっぽい。死ぬ」
から始まる。
なんだよ、このレシピ本(笑)。

そして、それに続く、この本の著者さんが、ケータイサイトで見つけた別のレシピに毒づくくだりがいい。

「このレシピを考えた専門家は、帰宅後大急ぎで食事を作らなければならない人__もし家の中に幼い子がいれば、フライパンに小麦粉を振り入れたところで一緒にトイレに行きたがるかもしれない__が置かれている状況を想像していないのではないだろうか」

そうだ!そうなのだ!よくぞ言ってくださった!きょうびここまで気持ちのいい啖呵はない。
私だって、できればカレーはルーから作りたいのだ。コロッケだって、ジャガイモからゆでたいし、餃子だって強力粉からこねたいのだ。できたらやるよ。やりたいよ。

でも、私たちにいま必要なのはそういった「理想の食事」ではなく「理想はそうかもしれないけれども現実的な折り合いをつけ、かつ健康には配慮してあり家族がにっこり笑って自分も疲れず明日も頑張れる最適解はこのあたりの食事」なのだ。

あったよね。ここに。この本に、そういうの、あった。

帯には「おいしくて持続可能で、体に優しくて食べ飽きない
と書いてある。

持続可能……。
かつてレシピ本で「持続可能」の文字がこれほど堂々と踊ったことがあっただろうか。

もう、一気にこの著者さんのファンですよね。
この本、レシピ自体もきっと素晴らしいのだと思うけれど(まだ試していないのでコメントできずにすみません。ただ、すでにあちこちで絶賛されているレシピだから間違いないんだろう)、それよりなにより私にとっては、ところどころに入るコラムがいい。
泣く。私、都合、3回泣いた。
歯を食いしばって生きているときに、そっと頭をなでられるとたぶん、膝から崩れ落ちるんだ。

泣けるし、頭なでてもらえるし、なんかわからない呪いを吹き飛ばしてもらえるし、なんなら超絶使えるレシピも載っている。
一人暮らしの人も、家族暮らしの人も、これは買いだと思う。

そっちは本買って。私は冷蔵庫を買いに行く。

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この本の担当編集者である佐藤明美さんは、専門は雑誌&ウェブの方。なのだけれど、彼女が時々作る書籍は、全てが素晴らしい切り口のものばかり。かたや著者の寿木けいさんも、きっと令和時代の向田邦子さんのようなポジションを確立されていく方なのだと思う。どちらの次回作も楽しみです。

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それではまた来週水曜日に。

佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。

『BUTTER』(柚木麻子/新潮社)/料理は、おなかを満たすだけではない。心まで侵入する手段だとしたら
・『帰り遅いけどこんなスープなら作れそう』(有賀薫/文響社)/「ていねいな生活」と「なぎ倒し生活」のちょうど真ん中くらい

・『何があっても「大丈夫。」と思えるようになる 自己肯定感の教科書』(中島輝/SBクリエイティブ)/
「どうせ私なんか」と決別する。SNS時代の自己肯定感の高め方

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。

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