母も人間だし私も人間だし。泣くし狂うし死にたくもなるし。
●本という贅沢78『かか』(宇佐見りん/河出書房新社)
なんだなんだこれ。これ本当に20歳の作家さんが書いているの?
なにこのあったかい、切ない、苦しい世界観。
文章がとろりと体に侵食してくる感じ。あたたかいはちみつを舐めたときのように、そのはちみつが食道を通り、胃に到達し、そこを過ぎて子宮にまで届くような。文章が身体の中をゆっくりとしたたっていくのが感じられる。
決して長い作品ではないから、どんどんページが少なくなって、読み終わってしまう時間に到達するのが悲しくて。最後のほうは、何度もページを閉じて目を閉じて、また開いて少し読んで閉じてを繰り返した。
あー、すごいもの読んじゃったな。この作家さん、次の作品はいつかな。
発売前から話題になっていた、『かか』と『改良』。
どちらも今年8月に決まった第56回文藝賞の受賞作。
そしてどちらも作者は20代。
というか、この『かか』は、20歳の現役大学生が書いているという。
漫画の『響〜小説家になる方法~』を地でいくような、受賞劇だ。
『かか』では、4人の生きている女と1人の死んだ女が描かれる。
夫の不貞と離婚を引き金に、少しずつ病んでいく「かか」。
その「かか」を取り巻く、「かか」の娘と、「かか」の母。「かか」の姉、「かか」の姉の娘。
それぞれ誰かの母であったり、誰かの娘であったりする女性たちは、ひとりの人間である前に、母や娘であることから逃れられない。愛されなかった記憶が心を蝕み、愛したいと思う現在が心を狂わせる。
家を出て行った父が、容赦なく切り分かれている「個」なのに対して、女たちのこのもつれ具合はどうだろう。
このほどけない連鎖は、女に生まれたら最後、逃れられない業なのか?
読みながら、初めて自分の母が涙を流したのを見た日のことを思い出した。祖父のお葬式だった。
棺桶に追いすがって声をあげて泣く母の姿を見ることは、祖父が死んだこと以上の衝撃だった。
「この人は、私(たち)の母であるだけではないんだ」
そんなことに、初めて気づいた日だったと思う。
あの日、私は母をひとりの人間だと認識しなおした。あれは、私にとっての「自立」の日であったと思う。
この本に私がどうしようもなく惹かれるのは、
あの日戦慄を持って受け止めた、母と自分の分離と、それでもやはり切れることのない繋がりを、つまり「自立」を、もう一度なぞり直させてくれるからだと思う。
私とあなたは別の人間だけれど、
どう考えても別個の2つの命だけれど、
それでもやっぱり、あなたから生まれ過ごすこの人生を
私はあなたの存在を感じながら生きているのだ。
どちらかの命が終わるまで(ひょっとしたら終わったあとも)
「母」という存在を
私たちは内包しながら生きていく。
・・・・・・・・・・・・・・
帯にある、選考委員の村田沙耶香さんのコメントが沁みます。
「この作者は、書くことの呪いにかかっている。それは、信頼できる、『作家』としての呪いだ。」
その呪いのおかげで、私たち「読者」がこんな想いを抱えさせてもらえるなら、その呪いがとけませんように。ずっと書き続けてもらえますように。
佐藤友美さんのコラム「本という贅沢」のバックナンバーはこちらです。
●『三体』(劉 慈欣/早川書房)/半径5メートル以内で一喜一憂している人生にカンフル!
●『読みたいことを、書けばいい。』(田中泰延/ダイヤモンド社)/なぜ私はこの本が嫌いなのか。嫌いだと思い込んだのか。
●『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』(中川淳一郎/星海社新書)/やればできる子なんですと言い続けて、はや何歳になられましたか
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