本という贅沢75『三体』(劉 慈欣/早川書房)

半径5メートル以内で一喜一憂している人生にカンフル!

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。10月のテーマは「○○な秋」。 書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが、秋におすすめの本を紹介します。今回は、読書の秋にふさわしい、大作、行きます!

●本という贅沢75『三体』(劉 慈欣/早川書房)

『三体』(劉 慈欣/早川書房)

「このクリエイティブに対して、今、何か物申すのはプレッシャーだなあ」という作品ってありませんか?
何を言っても自分の浅さを見透かされてしまう気がして、ちょっと怖いなあ、できれば避けたいなあ、でも触れておかなきゃダメだろうなあというような作品。

たとえば、今、映画で言えば『JOKER』。
そして、今、書籍でいえば、断然この本だと思う。『三体』。

この連載の担当の方から「どのタイミングでもいいんですが、『三体』を取り上げませんか」って言われた時、正直、「げっ、きちゃったか……」って思ったよ。
実をいうと、担当さんに言われる前に、知り合い2人から「『三体』読みましたか? 書かないんですか?」って言われていた。
そうか、そんなにいいのか、三体。英語以外で書かれた書籍の中では、はじめてヒューゴ賞(SF界のノーベル賞みたいな賞)を受賞したとか。しかし、それにしても分厚いなあ……と、思いながら読みました。

とはいえ、読みにくいと思ったのは、最初の5ページだけ。
そこからは一気読み。6時間+5時間の計2日、11時間で読み終わった。
そうか、こういう本だったか……。最後の1ページを閉じて、なんというか、ちょっと脱力した。

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突然ですが、みなさん、夜景は好きですか?
私ね、すっごく好き。といっても、それはロマンティックな気分になるとか、そういうやつじゃなくて、
夜景を見ていると、「あー、あのビルの光の点、一個一個には、多分100人以上の残業している人たちがいるんだな」とか、「あのマンションの光の点、一個一個に、それぞれの生活があるんだな」とか考えると、そのおびただしさに、すごくほっとする。安心する。

どうせ、自分一人がじたばたしたって、世の中はちっとも変わりはしない。私がAを選ぼうがBを選ぼうが、たいした影響もない。なんなら明日私が死んでも何の影響もない。だったら好きなことだけしよう。よし、明日も頑張るぜ、的な気分になる。

この夜景効果(=「自分なんかどうでもいい存在だと思えたら気が楽になって、むしろ人生に集中できる」効果)は他にも応用編があって、

・フライトレーダー(全世界の飛行中の飛行機の現在地をリアルタイム表示するサービス)をずっと見ている
・BBCニュースをずっと見ている
・SF小説に没頭する

なども、この夜景効果と同様の効果を得られるアイテムである。

で、『三体』はというと、まさに、そういう小説だった。

SFとは「可能性の世界」を描くものだと思うのだけれど、こういう物語を読むと、敬虔な気持ちになる。

自分が今見ている世界は、“たまたま”自分に見えているだけであるのだと感じるし、誰かにとってはまったく違う世界が広がっているのだと思う。そして、世界は明日も同じルールで運営されるとは限らない。新たな可能性はいつでも生まれ得る。
私は特定の信仰を持たないけれど、創造主のような大きな存在の手の平の上で、自分が安穏と転がっているだけであるという可能性を考えることは、謙虚になれていいと思う。

よく命は地球ほど重いという。
しかしこの本を読むと、命は地球ほど重くないが、地球は命ほどに軽いことがわかる。
個にとって、地球の滅亡と命の滅亡はただのイコールだ。

個人的には、物語の中で展開される小さなエピソードの数々が好き。たとえば、「農場主」の話。

農場では、毎朝11時に七面鳥の給餌が行われる。一年近く例外はなかった。そこで七面鳥の科学者は、「この宇宙では、毎朝11時に食べ物が出現する法則がある」と発表するが、クリスマスの日、食べ物はあらわれず、農場主がすべての七面鳥を捕まえて殺してしまった。
という話だ。

世界はどこに視点を置いて見るかで、まったく違った様相を示す。

『三体』では、このテーマが大小の規模で、縦横の糸で、繰り返し繰り返し編まれていく壮大な物語だ。そんな壮大な物語のはじまりが、たった一人の怒りと、たった一人の退屈だったことも、面白い。
普段、半径5メートル以内の人間関係に右往左往している私たちは、ときどきこんなふうに、超遠視的な視点で、世界を見てもいいのかもしれない。
少し、人生が楽になる。

と、書いて気づいたのだけれど、まったく同じような感想を、この書籍に対してオバマ元大統領も語っていたそうだから、やっぱりこの壮大な物語においては、人間界における立場の差はごくごくわずかなのだろう。

それから、このSF世界の中で異質に響くのだけれど、「女は、流れる水のように、どんな障害にぶつかっても、融通無碍にその上を乗り越え、まわりを迂回して流れていくべきなのに」という言葉も好きだった。

女という存在は、その立ち位置や視点の置きどころを、躊躇なく変えていく、時にだらしなく時にたくましい存在なのかもしれない。
このSF世界で心を病まずに最後まで生き残るのは、マッチョな警察官と、時代に翻弄されたかのように見えたか弱き女性、であることが興味深い。

三部作だというが、残りの二作品では、誰が生き残り、誰が自分を殺していくのか。翻訳、待ち遠しいです。

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なかなかに読み応えのある分量だし、好き嫌いもあると思う。なので、もし不安な人は、ワンクッション置いてから読むのもいいかも。
著者の劉慈欣さんの作品に、この『三体』の中でも印象的なシーンを短編化した「円」という作品があります。これは『折りたたみ北京』(ケン・リュウ選書)という現代中国SFアンソロジーにおさめられているのですが、この作品が好きだったら『三体』にもトライしていいと思います。
この「円」は、現在noteで無料公開されているので、こちらを読んでから『三体』を読むかどうか決めてもいいかなと思います。この世界観が好きだったら、ハマれると思います。
https://www.hayakawabooks.com/n/n5fa90aa63885

また、『折りたたみ北京』に「円」とともに収められている「神様の介護役」もとても素敵な短編。そして、劉慈欣さんの手による『三体』の解説を含んだ中国SF事情を語るエッセイも、とても面白いです。なので『折りたたみ北京』は、『三体』を読み終わった人にもおすすめ。
ちなみに、この『三体』や『折りたたみ北京』を中国語から英語翻訳し、ヒューゴ賞に導いたケン・リュウさんは、自らもSF作家。偶然ですが、先週このコラム
嘘ばかりついてきた私が、「真実」に触れて考えたこと
で紹介した是枝裕和監督の映画『真実』の中で劇中劇として演じられる映画が、ケン・リュウさんの『母の記憶に』だったりします。
同時期の才能は集うものなのだなと感じます

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それではまた来週水曜日に。

佐藤友美(さとゆみ)さんの「本という贅沢」をもっと読みたい方はこちらから

年間10冊以上を担当する書籍のライターとして活動。ビジネス書から実用書まで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『道を継ぐ』など。