『読みたいことを、書けばいい。』(田中泰延/ダイヤモンド社)

なぜ私はこの本が嫌いなのか。嫌いだと思い込んだのか。

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。10月のテーマは「○○な秋」。ちょいと人恋しく、むやみに芸術ぶりたいこの時期におすすめの本を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢71『読みたいことを、書けばいい。』(田中泰延/ダイヤモンド社)

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16万部突破だという。大ベストセラーだ。仕事がら文章術の本はかなり読んでいるけれど、この分野でこんなに売れている本は、近年例がないと思う。

この本を、私はおそらく、日本でもほとんど最初くらいに手に入れていた。発売日の夕方に書店に立ち寄り、店員さんが本棚に出した瞬間に「それください」と言って持ち帰った。その日の夜のうちに読んだ。
ベストセラーになる本を嗅ぎつけた嗅覚を自慢しているわけじゃない。その逆です。最初から最後まで、なんかピンとこない、いやむしろこの文章嫌いかもしれない、と思いながら読んでいた。

もともと田中さんのふざけた(もとい、洒脱な)文体は苦手なのだけれど、田中さんの書く文章の内容自体は昔から好きで、長文もかなり読み込んでいる方だと思う。だから、文体のせいではない。
そして、書籍の中にも登場する担当編集の今野さんが作る本は、どれもこれも好きで、どんなジャンルの本も私のバイブルになっている。だから、編集のせいでもないと思う。
念のために今野さんにも連絡をしてみた。「ねえ、この本って、田中さんとの間で何かトラブルがあって、納得のいかない仕上がりになったとか、そういう感じだったりする?」と、今考えたらひどい聞きようだ。「いや、そんなことはないけれど、そう聞くってことは、合わなかった?」という返信で、そうか、今野さんもこの本がいいと思って出版しているんだと知り(当たり前だ)、なんて失礼なことを聞いたのだろうと猛省する。

でも、何かがすごく嫌だった。説明のできない嫌さ加減だった。
たかが本一冊なのに、何で私の心はこの本を拒否しているのだろう。

それが知りたくて、田中さんの出版記念トークショー@青山ブックセンターまで行った。ストーカーかよ。いや、むしろファンかよ。こういうところ、私は、自分が感じた違和感に対してかなりしつこい。
トークショーで何か劇的なことが聞けて、この本に対する印象が変わるかと思ったけれど、そうでもなかった。隣の席がカツセマサヒコさんだったということと、カツセさんて控えめに笑うんだな、色っぽいなということ以外は、とくにアップデートされた情報はなかった。

その間にも、本はどんどん売れていった。Twitterには絶賛・共感・感動の声があふれている。知り合いの著者さんやライターさんも褒めちぎっている。泣いたという感想もある。え?泣いた?
「この本の良さがわからない私、ライターとして大丈夫か?」と不安になるほどだった。
とにかくほとぼりが冷めるまで、この本については言及するのをよそう。そう思っていた矢先に、ちょっとした出来事があった。

過去に私のライター養成講座を受けてくれた生徒さんが、この本の感想をアップしていたのだけれど、そこに「さとゆみさんが講義で言っていたことと、シンクロしていて面白かった」と書かれていたのだ。

え? え?? あの本? そして私?

かくて、ワタクシ、この本を3カ月ぶりに再読したのでございます。

……。
…………。

私がこの本を嫌だと思った理由。再読したら、もう、明白だった。

嫉妬だ……。
そして、憧憬だ……。

私が読みたかったことを、だからいつか書こうと思っていたことを、先に田中さんが書いちゃったからだ。
しかも、私が掴み取ろうとしていた言葉よりも、よりフィット感の高い言葉を使って、くだらない(もとい、ウィットに富んだ)ジョークを交えながら、先に田中さんが軽やかに書いてしまったら、めっちゃ嫌だったんだ。心が拒否ったんだ。

よく、本が売れたとき、その分野の第一人者や先輩方が
「あの本に書かれていることに、何ひとつ目新しいことはない。あんな当たり前のことを書いて売れるなんて」
と評することがある。

それを聞くたび、ううむ、と思ってきた。
プロにとって自明なことを、そうじゃない人に開いて説明できること。
そして、そもそも、そのギャップを埋めることにニーズがあると知っていること。
それこそが、著者になれる資格なんだよ、と思っていたからだ。

これな。まるでブーメラン。私のことじゃないか。
「私は、気づいていたのだ」ということと、「私は、それこそ書くべきことだと思って書いたのだ」の間には、100万光年くらいの差がある。

心の底から自分の傲慢を反省して、ちゃんと正座してよくよく読むと、本当にいいことが書かれている。

たとえば、
書くことは世界を狭めることである、とか
書くことは生きることと同義である、とか。

そして
読みたいことを、書けばいい。
しかし
だれかがもう書いているなら、あなたが書く必要はない
とか。

くそー。
読者側になっちゃったじゃないか。
そんな悔しさを認めながら、ジョークの皮をめくりながら、素直な心で読むとですね……。
書くということに対して、どう真摯であればいいのかに想いをめぐらせ、敬虔な気持ちになれる本です。

書くことが小手先の遊戯になってしまっている人にも、自我を爆発させながら書いているみなさんにも、今となっては、おすすめしたい。勝手すぎる言い草でごめんだけど、私も258ページで、こらえきれずに泣いちゃった。

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こんなふうに、再読でまるで印象が変わった本は、2冊目です。やはり、読書は今の自分があぶり出される怖い装置でもありますね。よろしければ、こちらもどうぞ。

「面白い?つまらない?今の自分が炙り出される大ベストセラー」
https://telling.asahi.com/article/12486633
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それではまた来週水曜日に。

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。