本という贅沢58『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎・古賀史健/ダイヤモンド社)

面白い?つまらない?今の自分が炙り出される大ベストセラー

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。6月のテーマは「怒り」。人はなぜ怒り、その怒りは人をどこに連れていくのか。怒りを知る本を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢58『嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え』(岸見一郎・古賀史健/ダイヤモンド社)

SNS時代になると、思ってもいないところから矢が飛んでくる。
たとえば、「0歳児から保育園とシッター頼みで仕事優先という記事を見ましたが、子どもが可哀想だと思わないんですか?」とか。
私にはそれほど多くないけれど、モデルや作家の友人たちには、こういったコメント、しょっちゅうくるらしい。

こういう場合の回答は「いや、親元しか知らない子どもの方がむしろ可哀想。多様性がなくなりません?」とか「知らんがな。お前に迷惑かけとらんやろ」……ではなくて、「ありゃりゃ、大丈夫ですか?」一択です。

いや別に、保育園でも親元でもなんでもいいと思うんだけど、自分と違う選択をしている人に「子どもが可哀想だと思わないんですか?」と言ってしまう精神が一番可哀想だ。そう言わなきゃやってらんないくらい追い詰められているんだろうなと思うから、やっぱりリアクションは「大丈夫?」一択です。

私はこういう“絡み人”がわりと好きなので、その後、結構長く会話することが多いんだけど(もちろん、オンライン上で)、これからは、こう言おうと思う。

「『嫌われる勇気』って本、知ってます? これ、めっちゃ面白いから読んでみません?」

『嫌われる勇気』。
21世紀に入って、日本でもっとも読まれた自己啓発本といえば、この本でしょう。2013年の年末に発売になって以来、ずーーーーーっとベストセラー。今日、amazonを見たら、レビューが2212件もついていた。そのほとんどが大絶賛の高評価。

まだ読んでいない人のために少し解説すると、『嫌われる勇気』は、アドラー心理学を解説している本。
人生に悩む青年が、哲人のもとを訪ねるところから物語は始まる。青年の疑問にこたえる哲人の言葉を通して、私たちはアドラー心理学の真髄に触れることができる。

発行当時、もっともセンセーショナルに受け止められたのは、アドラーがフロイトの「原因論」や「トラウマの存在」をはっきり否定しているところだったと記憶しています。

つまり、過去に原因があって今の自分が決まっているわけではなく、私たちは今の自分の目的のために、過去や他人の言動に意味づけをしている。
だから、自分の過去や他人にしばられず、人は今すぐ変わることができる。そして、他者の課題と自分の課題は別物で、変えられるのは自分だけだ。

このような独特の論が、自分に自信を持てない人、承認欲求に苦しむ人や、他人への怒りや嫉妬をおさえられない人への処方箋として一気に広がった……んだけど……。

ぶっちゃけ言うと、私、この本、初読の時はまったく面白いと思えなかったんですよ。こんなに売れている本なのに、1ミリも興味が持てない自分、人として、書籍ライターとして大丈夫だろうか、と真剣に悩んだくらいです。

あれから5年。
今月のテーマが「怒り」だったこともあるし(『嫌われる勇気』はアンガーマネジメントの文脈でよく取り上げられる)、今の私自身の興味が「自己肯定感」だったこともあり(『嫌われる勇気』は自己肯定感をはっきり否定している)、再読してみたら……。

「うわっ、一度め読んだとき、私は何を読んでいたんだろう」というくらい、ビシバシ刺さった。

その話をある人にしたら「ああ、あの本は、悩みのない人が読んでも刺さんないかもね」と言われた。たしかに。そういえば前に読んだ時は、青年の悩みに一個も共感できなかったんだった。

では、5年前にくらべて、今の私に悩みが増えたのかというと、そういうわけでもない。ただ、5年前に私は書籍のライターになって、人の悩みを解決する本にたくさん携わってきた。
そして、それらの本の著者さんたちが解決しようとしている悩みのほとんどは、この『嫌われる勇気』で説かれる「自分と他者を切り分けること」や「自分を好きになること」につながっていたんだよなー。

だから、今回、「うわっ!うわすごっ。ぜんぶの根っこ、ここで明らかにされてるじゃん(語彙……)」と、興奮したんでした。

本って、出会うタイミングによって「つまんねえ」にも「面白い」にもなる。
アドラー流に言えば、それもやっぱり、「他者(著者/本)の課題ではなくて、自分(読者)の課題」なんだと思う。
だから、この本が、いまのあなたにとって面白いかどうかは、あなた次第だからわからないけれど、私は昔「超絶つまらない」と思ったけど、いま、毛穴総びらきしたくらい興奮したよということをお伝えして現場からは以上です。

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この本の著者の古賀史健さんは、書籍業界で知らない人はいない凄腕のライターさん。実はこの本を再読しようと思ったもうひとつのきっかけは、古賀さんのライティングセミナーを受けたから。
古賀さんは「ライターとは、生きる態度を示す」「常に物事に問いをもって24時間取材者である生き方がライターである」というようなことをおっしゃっていたんですよね。
あ、本を読んでつまらないと思ってそのまま捨てるのは、ライターとしてイケてないな。「なんでつまらなかったんだろう」という問いを持って読んでみようと思ったのが、この本を再読したきっかけのひとつでした。
あとがきにある、「僕は岸見先生にとってのプラトンになります」という言葉は、今じゃなければ感動できなかった。
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続きの記事<大人の女になるためにはむしろ、大人にならない領域が必要なのだ>はこちら

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。

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