本という贅沢57『心に折り合いをつけてうまいことやる習慣』(中村恒子/すばる舎)

怒りも悩みも、たんたんといなせるようになりたい?なりたいよね

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。6月のテーマは「怒り」。人はなぜ怒り、その怒りは人をどこに連れていくのか。怒りについて考える本を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢57『心に折り合いをつけてうまいことやる習慣』(中村恒子/すばる舎)

作家や著者さんが集まると「Amazonレビュー、読んでる?」という話題になることがある。もっとひらたくいうと、「★1レビューやdisコメント、どうしてる?」という問いです。

著者さんによっては、メンタル病むから絶対に読まないという人もいるし、
読まないようにしようと思っていても目に入ってしまって落ち込むという人もいるし、
読んで腹を立ててその怒りをパワーに次の本を書くという人もいる。

私はそのどれでもなくて、良いレビューはあまり目を通さないのだけれど、悪いレビューは、わりとちゃんと読む。
批判レビューのほうは、「ああ、そういうふうに読む人もいるのか」と、参考になる部分があるからだ。

自分に対してのボロクソコメントを、心おだやかに読むコツは、かつての上司に学んだ。

会社員だった時代に、ものすごく怒りっぽい上司がいた。
男性が部下につくと、容赦無く飛び蹴りをくらわせてしまうという理由で、ほとんどのプロジェクトで私がアシスタントについていた。
でもまあ、女相手でも怒りっぽいのは変わらずで、彼の部下だった時代、私は朝から晩まで怒鳴られ続けていたので、自然と、自分の身と心を守る術を身につけたのだ。
耳まで真っ赤にして怒鳴る彼の声を聞きながら
「はいはい、要点は3つね。そのうち2つはたしかに私の詰めが甘かった。今から出せる解決策はAかB。もう1つは私の責任じゃない。Cさんに投げる」
と、怒り成分をとりのぞき、事実だけを整理するフィルターが、この時期に急成長したのである。
怒り成分をとりのぞくと、上司の言っていることはきわめてまともで、私は彼から仕事相手への配慮の仕方や、予定調和の企画書はゴミだといった基本姿勢を学んだ。

私が退社したあと、その上司は暴行罪だか恐喝罪だかで逮捕されたと風の噂に聞いた。
彼の指導態度はたしかに問題だったのだろうし、今なら即解雇かもしれないけれど、私は、彼に感謝している。
人の意見と、人の気分を、遠心分離機で分離して、意見のみを吸い取る能力を授けてくれたのは、この上司だったからだ。

この『うまいことやる習慣』を読んだとき、まっさきに思い浮かんだのがこの上司の顔だった。殴るか殴られるかの瀬戸際で荒っぽく学ぶんじゃなくて、こんなふうに教えてくれる人がいたらよかったなあ……と思いながら。

ちょっと一節引用しますね。

「自分はこんな仕事をすべき人間ではない」なんて、たいそうに考えるからおかしなことになってしまうんです。
余計な力を抜いて、「まあこれくらいやってやるか」「今はそういうときなんやな」と、変に力まず素直に受け入れてしまったほうがラクですわ。

と、こんな感じです。
怒気が抜かれるというか、余計なりきみが抜けるというか。なにやら尖った心がまあるくなっていく感じ。

あなたの怒りや悩みはくだらないと言われるのではなく、うん怒ってるよね、悩んでるよね。まあ、でもその怒りも悩みも一生は続かないから、とりあえずご飯食べてお風呂はいって寝ましょうか、みたいな感じ。
関西弁の語り口もあって、すーっと心に染み入っていく。

あれ? って思ったのは、私が心身を守るために編み出した方法が、「人と、どフラットに接する」という法則だったとしたら、中村恒子先生のおっしゃる処世の術は、もっとなんというか、まろやかだなってこと。
人とフラットに接するというよりは、接地面がもっと丸くて衝撃吸収が効いてる感じ。ああ、こっちのほうがやわらかくていいなあー。こっちのほうに乗り換えたいなあって思ったよ。

こんなに気づきだらけの本も久しぶりでした。

著者さんは88歳の現役精神科医さんですが、たぶん、年配の人より、若い人のほうが、共感するところが多い本じゃないかなあと思ったので、ぜひ。

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この本を聞き書きされたのは、同業者の奥田弘美さん。どこかでお名前拝見したことあったような……と思っていたら、私が人生で一番お世話になったダイエット本『何をやっても痩せないのは脳の使い方をまちがえていたから』(扶桑社)の著者さんでした。この方の本もおすすめです。
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ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。