本という贅沢56『友だち幻想 人と人の<つながり>を考える』(菅野仁/ちくまプリマー新書)

怒る人は我慢している人? 彼女の成功はあなたの失敗じゃないよ

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。6月のテーマは「怒り」。人はなぜ怒り、その怒りは人をどこに連れていくのか。怒りについて考える本を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢56『友だち幻想 人と人の<つながり>を考える』(菅野仁/ちくまプリマー新書)

私の友人に、人が怒っているところを観察するのが三度の飯より好きという人がいる。なぜかと聞くと、「怒っている時が、一番、その人の本音がわかるから」だとか。

この話、聞いたときはいまいちピンとこなかったのだけれど、今では、ああなるほどと思う。

よく、「怒りは第二次感情」だと言われるけれど、
人が怒るその手前には「悲しさ」や「恐れ」や「悔しさ」のような第一次感情(友人がいうところの「本音」)がある。怒りはその第一次感情の表現手段でしかないことが多い。

友人に感化されて、私も怒りウォッチャーの道に入門した。なるほど、怒りは、おもしろい。
たとえば、その人のウィークポイントと直結しているタイプの怒りがある。コンプレックスといってもいいかもしれない。
自分が満たされている分野においては、何を言われても怒らないし、相手にもしない温厚な人でも、自信がない分野でミスを指摘されたら、怒りスイッチが入ったりする。

最近私がよくウォッチする怒りは「我慢による怒り」だ。自分は我慢しているのに、誰かは我慢していないことへの怒り。
不倫へのバッシングしかり、高給取りや時短勤務への憤りしかり。
複雑なのは、本人に「自分は我慢している」という自覚がないことだなあと思う。怒っている人は、自分が不倫を我慢しているとは思っていないし、自分の低賃金も長時間労働も我慢しているとは思っていない。
でも、自分は「当然やるべきではない(当然やるべきだ)」と思っていることを、あっさり破る人がいるから怒る。我慢による怒りは、「“べき”怒り」とも言えるかもしれない。けしからんと思うその人は、なにかを我慢していて、だから我慢していないその人に腹が立つのだろうな。

こういう怒りをたびたびウォッチするようになり、「自分と他者の切り分け」「人格と意見の切り分け」について考えるようになった。

たとえば、
・自分の「常識」なんて、ただのローカルルールで、誰かにとっては「非常識」であるとか。
・誰かが成功したとして、それは自分の失敗とは何も関係ないから比べたり羨んだりするのは意味がないとか。
・大好きな人でも、その意見は大嫌いとか。
・嫌な人でも考えに賛同する部分はたくさんあるとか。

そんなことを、フラットに考えられるようになったら、私たちはもっと楽になるんじゃないかな。
なーんて話をしていたら、勧められたのが、この『友だち幻想』だった。
10年前に書かれた本だけど、多くの学校の先生が、「いま生徒に読んで欲しい本」に推していて再注目されているのだという。

まさに自分と他者との距離の取り方について書かれた本だった。

なぜ私たちが「友だちがいたほうがいい」と思うのか。「友だちと仲良くしたほうがいい」と思ってしまうのか。まずは、そのメカニズムが解き明かされている。
そして私たちが、その「友だち」を代表とする他者の存在によって傷ついたり損なわれたりする時は、どう対処すればいいのかを教えてくれる。

人間関係に苦しむ著者の娘さんのために書かれた本だったという執筆動機もあって、ただのコミュニケーション「論」ではなくて、現実的な対処法も書かれているのがいいところだ。
親しくなるか、敵対するかの二者択一ではなく、「やりすごす」という第三の道があることや、「ルール関係」と「フィーリング共有関係」を分けて考えることなども、とてもわかりやすい。

かつて、人間は一人では生きていけなかった。
でも、いま私たちは、一人でも生きていける時代に、それでもなお他者と生きていくことを“選択”している。
だから怒るし、傷つく。
ここに書かれている「気に入らない人とも並存する作法」は、こんな時代をサバイバルする、「生き残りの呪文」かもしれない。

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この本を書かれた菅野仁さんも、そして、「娘のために」と記されたその娘さんも、もうご存命ではないそうです。菅野さんの奥様が書かれた帯のコメントが、またよかったです。ぜひ、紙の本で、帯も読んでください。
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続きの記事<怒りも悩みも、たんたんといなせるようになりたい?なりたいよね>はこちら

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。