『ピュア』(小野美由紀/『SFマガジン2019年6月号』早川書店)

男を喰らう。それは愛か性欲か。生のプログラムか。

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。9月のテーマは「結婚と出産」。するかしないか。telling,世代の重要課題、「結婚と出産」について考える本を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢70『ピュア』(小野美由紀/『SFマガジン6月号』早川書店)

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炭鉱のカナリアという言葉がある。炭鉱内で有毒なガスが発生したときには、人間よりも敏感なカナリアがまず、さえずりをやめる。人間はその姿を見て危機を察知し、難を逃れることができるというものだ。
転じて、いちはやく世の中の危機を察する能力のことを炭鉱のカナリアと言ったりもする。

優れた作家は、やはり炭鉱のカナリアだ。
世の中で問題が顕在化する前に、その時代の空気を感じ取って、いちはやくそれを知らせてくれる。この『ピュア』もまさにそう。

実はこの物語は、まだ書籍化されていない。
しかし『SFマガジン』に掲載され、オンライン配信されたとたん、たった数日で14万PVを記録。2万字以上の作品にもかかわらず、SNS上には一気に読了した人たちの感想が大量にあふれ出た。

なぜそんなにも話題になったのか。
それは、遠い未来を描いたSFなのにもかかわらず、そこで生きる女性たちの姿が、私たちが日々感じている、女の性を持つことによる苦しさや生きにくさと重なるからだろう。

舞台は、汚染された地球。出生率は著しく落ち、女はセックスのあとに男を食べなくては妊娠できない体になった。クニを守るために、彼女たちは男を狩り続け、セックスと戦闘をくり返す。
一見ありえない設定を自分ごとに引き寄せてしまうのは、
・産める性であることによるプレッシャーや、
・戦う性であることによるプレッシャーや、
・つまり性差によって社会的役割を押し付けられる感覚とか、
・性欲と執着と愛の境目の不明瞭さや、
・生きるために殺すことの“理にかなった感”と理不尽さなど、
どれもが、実は身に覚えがある感覚だからなのだと思う。

小野さんはいつも、私たちが鈍感であることで目を背けることができている不均衡を、つぶさに見つめている。
私たちのかわりに先に傷つき、気づき、私たちが進もうとしている道の先に何が待ち受けているのかを教えてくれるカナリアだ。

この本の草稿は3年前に書かれていたという。しかし、当時は取り上げてくれる出版社と出会えなかったそうだ。でもいまこれだけ多くの人が、この物語を読んで身につまされ、この物語をきっかけに自分の心の声を解放している様子を見ると、きっと私たちは、3年前の小野さんにやっと追いついたのだと思う。

私たちは、これからも女という性を背負い、子宮というへっこみを抱えて、それをどうにか乗りこなしながら生きていく。
この先迷ったときに、何を選べばいいか。その答えはないけれど、それを考えるための糸口が、この物語には、ある。 

話は変わるのだけれど、私は昔から好きな男の人を食べたいという願望があり、実際噛みちぎろうとして相手を流血させたことが何度かある。(本気で激怒された。もうしません)

愛する人が出たり入ったりするだけじゃなくて、一体化したいと思う気持ちや、そのDNAに溶け込みたいという気持ちは、たしかにプログラムされているなと思う。
そして、命尽きるとき、何かを連れていきたいという気持ちよりは、何かを遺したいという気持ちが先に立つことも、想像できる。
だからなんというか、この物語は、「王子様とお姫様は結婚しました。めでたしめでたし」という昔話よりも、よっぽどハッピーエンドだと思って読んだ。
言葉や皮膚感覚ではなくて、内臓のレベルで、とてもピュアな話だったと思うのです。
(ただしこの後、この主人公が生む子どもが男だったときは、それはまたホラーの始まりだよね)

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小野美由紀さんの作品は、以前こちらでも紹介させていただきました。
https://telling.asahi.com/article/12222700
このとき、小野さんの書く文章はまあるいつぶつぶのように、みずみずしく弾けていると思ったのだけれど、今回読んだ文章は、凸凹で全然スムースじゃなかった。だからこそ、そのざらつきの摩擦で自分としっとりフィットする接着面が多かったように感じる。いま、もっとも、次回作が待ち遠しい作家さんです。
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それではまた来週水曜日に。

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。