産むと産まないの間には無数のグラデーションが存在する
●本という贅沢67『それでも、母になる 生理のない私に子どもができて考えた家族のこと』(徳瑠里香/ポプラ社)
深夜1時に本を開いて、4時まで。リビングのソファーで一気読み。
生まれつき生理がない、原発性無月経の著者、徳(とく)さんが、紡いだ家族の物語。
彼女が伴侶を得て、奇跡的に子どもを授かり、育てていく話が縦軸で、そこに、彼女の友人、先輩後輩たちの家族との物語が、横軸を織り成す。
何かを決めつけたり、レッテルを貼ったりしない、徳さんの筆によって柔らかく織り込まれた景色は、子どものときに見た夕焼けみたいに、淡く、優しかった。途中で何度も、懐かしさがこみあげてきた。
16歳で子どもを産んだ友人。
生まれつき子宮を持たない女性。
養子縁組をした夫婦の話、養子になった話。
夫の腎臓をもらった友達の話。
性転換手術の末、家族になったカップルの話……。
家族の数だけ、物語がある。
この本で初めて出会う人たちなのに、徳さんの丁寧な取材と誠実な語り口で、どの人たちのことも、昔からの知り合いのように近く親しく感じる。彼女たちの葛藤や愛の物語に触れ、ときおり自分のことのように、涙腺がゆるむ。
そして途中から「ああ、そうか。これは、彼女たちの物語のように見えて、私たちの話なんだな」と気づきます。
誰の物語に触れても、私たちは、それを「自分」と「自分の家族」に重ねて見つめていくことになるだろう。
産むと産まないとの間には、無数のグラデーションが存在している。
そういえば、と思う。絶対に産まないと公言していた私のお腹に、子どもが宿ったのも、ひょんなことからだった。
この本を読むまで、もうすっかり忘れていたのだけれど、私も中学生の時に、子どもを産むのは難しいだろうと医師に言われたことがある。当時はまだ症例が少ない病気だった。
そのことがどう自分に影響したのかわからないし、それ以外のできごとのほうが左右したのかもしれないけれど、私は「子どもが嫌い」な人になり「産みたくない」と公言し、「一生子どもはつくりたくない」と言った18歳年上の男性と結婚した。2人で2匹の犬を飼った。
仕事が楽しかったし、出産・育児で最前線を離れるなんて考えられなかった。親には「子どもはつくる気ないから孫は諦めて」と伝えてあった。
でも、同じように「子どもなんかいらない」と言っていたバリキャリの友人たちが、30歳を超えるあたりから続々妊娠しだし「子育てって、どんなプロジェクトよりも面白いよ」と言い出したときは、心のどこかで裏切られたような気がしていた。ブルータス、お前もか。
転機になったのは、ある女優さんへのインタビュー取材。
2児の母である彼女の話の中に、学生時代、私と同じ病気で苦しんでいたことがあるという言葉がまざった。
「え、この病気でも、産めるの?」
よく考えたら、「私は子どもが嫌いだし欲しくない」と決めた中学生の時から、自分の病気と出産の情報を一度も集めたことがなかった。そんな私に彼女は、丁寧に、今は出産のリスクがそこまで大きくないことを教えてくれた。
産めるのか。産めるなら欲しいかもしれない。が、産みたいに変わるまで、何日もかからなかった。
夫に相談したら、晴天の霹靂という顔をされた。
私は、この1年後、彼と離婚することになる。
本を読んでいる間、開けっ放しになっている寝室からは、息子の寝息が聞こえる。ときおり、夫の寝言が聞こえてくる(夫は寝言が多い)。
そういえば、2度目の夫になった彼のプロポーズの言葉は、「僕の子どもを産んでほしいです」だったことを思い出した。
あのとき、あの女優さんにインタビューしていなければ、離婚も再婚も出産もしていなかったかもしれない。
最近ちょっとその気安い関係に甘えて、ちゃんと愛情を育む時間をとっていなかった、家族との会話を振り返る。彼らも、家族だけれど、どこまでいっても別の人間だ。もっとちゃんと言葉を交わして、ともにいることを、楽しもう。
多分、この本を読んだ誰もが、私のように、自分と自分の家族を見つめなおす時間をもらえるのではないだろうか。
怒涛の毎日をなぎ倒すように生きている私にとって、この本と過ごした時間は、何にも代えがたい豊かな時間だった。
目が覚めたら、夫と息子に何を伝えよう。まずは、おはよう。今日も一日いい日になるといいね、と言おう。普通すぎるかな。でもこれもきっと特別な普通。
telling,世代のみなさんにも、ぜひ、この本と一緒に旅をしてほしい。
今年、いちおしの一冊です。
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ところで、この本に登場する女性のうち一人は、実は私も仲のいい友人なのですが、徳さんが見つめる彼女と、私が知っている彼女は、少し印象が違っていて、そうか人っていろんな側面があるのだなあ。私の知らない彼女を教えてくれてありがとうという気持ちになりました。
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それではまた来週水曜日に。