本という贅沢66『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』(中川淳一郎/星海社新書)

やればできる子なんですと言い続けて、はや何歳になられましたか

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。8月のテーマは「自信」。telling,世代の重要課題、「自信」について考える本を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢66『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』(中川淳一郎/星海社新書)

『夢、死ね! 若者を殺す「自己実現」という嘘』(中川淳一郎/星海社新書)

このコラムを読んでくださった方から
「さとゆみさんのおすすめの本、買いました」とか
「おすすめしていた本、読んだけどイマイチでした」とか、
いろんな反響をいただきます。ありがとうございます。

で、そんな言葉をよくかけていただくので、一応、ここで表明しておこうと思ったのは、このコラムで取り上げさせていただいている本に関しては、誰かにおすすめしているわけではなくて(「おすすめ」と書いているときは、心からおすすめしています)、
私はこの本を読んで遠く旅ができたよ、
その旅ではこんな景色が見えたよ、といった、
心象風景みたいなものを書いています。

超おすすめしたいけど、そこで旅した場所がまあまあイリーガルだったりグロかったりしてこのコラムに書けないときもあるし、
とくにtelling,の読者のみなさん全員におすすめするわけではないけれど、そこで見えた景色は共有したいなと思ったときもあります。

で、それでいうと、今回の書籍は、もともと私のおすすめではなく、作家の山田詠美さんのおすすめ本です。
それも「若い人は、絶対に読んだほうがいい。ここに書かれているようなことを、若い人はちゃんと知っておいたほうがいい」と、かなり力強くおすすめされていた本です。
私は若くないけれど、さっそく、読んで旅をしてきたよ。

全編を通してひたすらエピソードが面白すぎるから、それだけでも読んだら元は取れると思うのだけれど、
この本の価値(山田詠美さんが「読んだ方がいいとおっしゃった意味」)は多分、そこにあるのではなく、夢とか自己実現とか、自信とか、そういうものの定義について、「自分で」考えることなんだろうなと感じる。

この本では、著者の中川さんなりの夢や自己実現に対しての定義が、説得力のあるエピソードによって証明されているのだけれど、
そもそも、「働く」という行為自体が、自分にとっての「夢」や「自己実現」が何かという定義を明らかにしていく生命活動そのもんじゃないかなと、思う。

俺の定義は、こうだ。で、お前は?
そんな声が聞こえるような本でした。

私は、というと、同じフリーランスのライターだからか、中川さんが考えていらっしゃることと、かなり近い定義で仕事をしていると思う。
表現(例えば「夢、死ね!」など)は違うけれど、根っこにある仕事に対する考え方や取り組み方は、とても近しいものを感じました。みんなはどう感じるだろう。

ところで、8月は、「自信」をテーマに本を紹介してきた。
前の2冊は、どうやって自信を手に入れるかをテーマにした本を取り上げたけれど、実は、ちょっと心にひっかかっていたことがある。そのことが、この本を読んで、ちょっとクリアになった。

言葉にするとそれは、
自信がないからではなく、(無駄に)自信があることによって、チャレンジできない人も、実は多いのかもしれない
ってことです。

自我が爆発しているから、自分だけが特別だと思ってしまう。
自分に過大に期待しすぎるから、失敗するかもしれないことに手を出せない。
やればできる子なんです。いつか見初められるはず、と思ったまま、時間が過ぎていく。
そんな、(無駄な)自信が、ひょっとしたら自分と世界を遠くしているのかもしれない。そういうタイプの人だったら、この「夢、死ね!」のメッセージは、ぐっさぐさ刺さると思う。
そして、「はじめに」に書かれているように、「夢、死ね!」と思えたら、本当の意味で今の自分を肯定できるようになるかもしれない。

終盤にさしかかる203ページまで、言葉づらだけを見ると一見ポジティブなことはほぼ書かれていないように見えるのだけれど、本当は、それらすべてひっくるめて、とても真摯で誠実でポジティブな書だと思いました。
とくに、最後の5行は、重いです。

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この本を読むきっかけとなった、中川淳一郎さんと山田詠美さんのトークイベントは、
このコラム「大人の女になるためにはむしろ、大人にならない領域が必要なのだ」を読んでくださった方に誘ってもらいました。
一冊の本が次の一冊を連れてきてくれるのって、幸せな感覚です。
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それではまた来週水曜日に。

続きの記事<産むと産まないの間には無数のグラデーションが存在する>はこちら

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。