口の中から美人になる! 07

「見た目」のためだけと思っていませんか?「歯科矯正」が必要な3つの理由

「なぜ歯科矯正は必要なのか?」ということ、前回に続いてじっくりと考えていただきたいと思います。虫歯や歯周病を予防することだけでなく、全身の健康との関係も。矯正歯科専門医でBOSTON(ボストン)矯正歯科院長の長尾紀代子先生は、手入れのしやすさや機能性の面から歯の矯正は必要だと指摘します。日米の意識のずれや医療制度の違いなどのお話を聞いてみました。

日本人に「人は、なぜ歯科矯正治療を受けるのか?」と聞くと、「見た目がよくないから」と答えるのではないでしょうか。もちろん前歯だけがガタガタならば、その答えは正解です。しかし、歯科矯正が必要となる最大の理由は食べ物をかみ砕く咀嚼(そしゃく)機能に支障が生じるからです。

奥歯はかみ合っているけれど前歯がかみ合わないとすると、ハンバーガーを食べてもレタスだけかみ切れない……なんてことが起こるかもしれません。このような人は、すべての歯にバランスよく圧力がかかっておらず、一部の歯でのみ、食べ物をかんでいます。このような状態が何年も続くと、負担がかかる歯は欠けたり、折れたりしやすくなります。また治療の末に抜歯しなければならなくなると、残るのは「かめない歯」だけになってしまうのです。よくかめないと、ほとんど丸呑みするため、胃腸の調子も悪くなりがちです。

ちなみに、私の夫は前歯こそきれいな歯並びですが、奥歯は何本も神経が抜かれており、かみ合わせが悪く、強い力をかけないと食べものをかみきれない状態でした。結婚した後、診察すると神経を抜かれた歯2本が縦に割れていることがわかりました。この2本の歯は抜歯するしかなく、人工の歯根と被せ物をする歯科インプラントと、きちんとかめるように歯の位置を矯正治療中です。

「遺伝だから治らない」と思い込まないで

歯並びは遺伝的な要素が大きく影響します。骨格が遺伝しますからね。先天的に歯が欠損している人は10%ほどおり、遺伝する可能性は高いです。親子で同じような歯並びの問題を抱えている方もおられます。そういう場合、「遺伝だから治らない」と思い込んでいる方が少なくありません。でも歯科矯正で改善できます。

「 しっかりかむ機能」とともに、歯科矯正によって得られる利点は、メンテナンスにかかる時間の短縮です。歯並びが整えば、歯みがきやフロスなどでの手入れが楽になります。すると虫歯や歯周病などになりにくくなります。

つまり、歯並びが良ければ「一石三鳥」。ただし、歯科矯正する目的の優先順位は
① きちんと食べ物をかむ力
② 予防のためのメンテナンスのしやすさ
③ 見た目の美しさ
なのです。

もしかしたら皆さんは、歯並びを直すことを美容整形と同じように考えていませんか? 確かに歯並びが美しくなれば、見た目の好感度がアップしたと思うかもしれません。しかし何より、「しっかりかむ機能」の重要性について考えていただきたいのです。

歯並びがガタガタだと歯磨きがしにくい。すると歯周病や虫歯になりやすくなります。歯周病と虫歯は歯科の二大疾患です。これを予防するには、毎日のブラッシングやデンタルフロスなどによるケアしかありません。

歯を失う原因は加齢ではありません。現在では歯周病が第1位の原因です。その歯周病を招くのが毎日のケアがうまくいっていない、そして歯が失われると認知症・糖尿糖・心疾患……などいろいろな疾患にかかりやすくなることはご存じですよね。健康な歯は、健康で長生きするには、欠かせないものだということが、おわかりいただけたでしょうか?

米国は矯正の値段が安く、虫歯や歯周病の治療費が高い

日本人と米国人の歯科矯正に対する意識の違いは、医療制度からも分かります。治療費を比較してみると次のようになります。

虫歯を治すために削ったり神経を取ったりする根管治療は、米国で前歯なら約1000ドル(約10万円)、奥歯なら約1500ドル(約15万円)かかります。日本は国民健康保険が使えますから1回の治療で数百円。治るまで通院しても1000円ちょっとです。保険がききますから、3割負担で済みます。

一方、米国では歯科矯正が予防策として重要視されています。子どもなら、地域にもよりますがかかる費用は約4,000ドル(50万円弱)、大人なら約6,000ドル(約70万円)ぐらいです。日本より安いですし、歯並びの悪い子の保護者が低所得者の場合、補助金が出ることもあります。

歯並びやかみ合わせは、自分でどうにもできません。しかし、虫歯や歯周病はセルフケア次第です。米国では歯科矯正によって手入れをしやすくした上で、セルフケアを徹底するという考え方が浸透しており、それにそった医療制度となっているのです。

しかし、日本はどうでしょう。親子ともども「ワイヤーが見えるから印象が悪い」と矯正を嫌がります。そんな声を聞くと「歯科矯正は健康のためにも必要。ガタガタの歯並びでいるよりワイヤーが見える方が、よっぽど前向きで好印象です」とお伝えしています。

では、歯科矯正は何歳ごろから必要なのでしょうか。私が留学していたボストン大学では永久歯が生えそろったころからやっていますが、米国では乳歯がある段階で治療をしている大学もあります。私は、乳歯が残っていると骨格的な問題がない限り、スタートしないようにしていますが、いろいろな考え方があります。成人してからでも遅くはなく、患者さんのなかには70代の方もいます。「矯正=子どものころにするもの」という概念を捨ててみませんか?

【次回はこちら】

長尾紀代子・BOSTON(ボストン)矯正歯科院長

●プロフィール 長尾紀代子(ながお・きよこ)
名古屋市生まれ、日本大歯学部卒、米国のボストン大矯正科卒後コース(大学院)修了。日米の歯科医師国家資格を取得。ボストン大でMS(Master of Science in Dentistry)取得、米国の矯正歯科学会認定医(phaseⅡ)取得。BOSTON(ボストン)矯正歯科(虎ノ門)院長。

北陸に拠点を置く新聞社でスポーツ、教育・研究・医療などの分野を担当し2012年に退社。現在はフリーランスの記者として雑誌・書籍などに執筆。
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