第1話:私、セクハラ被害者になりました。〈その1〉
●私、セクハラ被害者になりました。01
#Metoo運動の盛り上がりは、平成を象徴する出来事のひとつだったと思う。
長い間沈黙してきた女性たちが「私はセクハラをされていました」と声を挙げることがブームとなり、その勇気が讃えられた。著名人の蛮行がSNSに書き込まれれば、マスコミの報道合戦がはじまり、みんなで他人の性被害を消費した。
私もそのうちの一人で、ブームとなってからは誰かのセクハラを「またバカな男が出てきたぞ」とコンテンツとして楽しんでいた側面があった。政治家やタレントが失脚する様子を見ながら「ざまあみろ!」とか、告発で世に出た女性を讃えつつも、「ひょっとして売名では?」なんて言っていたと思う。
そんな私が、このたび、セクハラの被害者となった。
いざ遭遇してみないとわからなかった恐怖や孤独感をたくさん味わった。当事者になってやっと声を挙げてきた女性たちの強さを実感し、ほとんどの人は泣き寝入りするしかない現状に憤り、筆をとることにした。
「下ネタOK!」女営業はいつだって《うまく立ち回る》のが価値なの?
私は都内のメーカーに営業として勤める会社員である。中小ではあるが良質な商品を作り続けている老舗企業で、全国に顧客がいる。他業種から転職して数か月、「誰かのためになる商品を届けている」という自負もあり、やりがいを感じながら日々働いていた。
セクハラの舞台になったのは、出張で訪れた地方都市だった。その日は営業回りを終えたあとにそのエリアで一番の有力な取引先の社長(A氏)を接待することになっていた。売り上げの8割を支えるA氏の接待は出張中の最重要任務であり、機嫌を損ねることのないよう口酸っぱく言われていた。
A氏と会うのはこれが二度目だった。
初対面の時、同席していた上司は新人の私を紹介するだけなのに脂汗をかき、手もみでA氏の機嫌を伺っていた。A氏は私を見てまず「お前何歳?」と聞いた。
「27歳です」
「まあまあいってるね」
「いやいやまだピチピチですよ」
「体重は何キロくらい?」
「柔道でいうとヤワラちゃんくらいですかね!」
デリカシーのない質問の嵐にのっけから面食らう。それでも「元気で快活で、下ネタも通じるお堅くない女性営業」を演じて、どんな質問も笑顔で返した。最初は「いやちょっと……」とフォローしてくれていた上司も、私があまりにうまくかわすからか、最後は一緒になって笑っていた。A氏は「この子はなかなか面白い。骨がありそうなやつだ。頑張れよ」と声をかけてくれた。
「いやー、Aさんかなりキミを気に入ってたね!これで安泰だ。Aさんも女の子には弱いんだなあ」。
上司は心からホッとしたようにそう言った。《女性だから》気に入られてるし、《うまく立ち回ってくれる》から安心。確かに社歴も浅い私にできることは少ないし、立ち回りと若さだけが価値なのかもしれないと感じた。
「やめてください」と一度も言えなかった
事件が起きたその日、私とA氏は地元の居酒屋で飲むことになっていた。「第一印象は悪くないし、今後の関係性を築くために絶対に食事に行け」という会社の命を受けていたのだ。
「もしご都合がよろしければお食事ご一緒しませんか?」と、おそるおそる誘った。今回上司は同席できないので、おそらくサシ飲みになることはわかっていた。「同業他社の営業とか誰かアテがあれば誘ったほうがいいんじゃない?」とは言ってくれたが、結局は《うまく立ち回れるから大丈夫》ということになった。
駅でA氏と待ち合わせ、並んで歩いて店に向かった。
突然腕を組まれ「お前彼氏は?」と聞かれた。
「いないです!絶賛募集中でーす!」
「じゃあここにいる間は俺の女だな」
「そんな!身に余る光栄です~」
これじゃもう、完全に喜び組だよ、とみじめな気分だった。それでも組まれた腕を「そういうのやめてください」なんて振り払うことはできなかった。
宴席ではA氏が昔はワルだったという話、いかにして今の立場に成り上がったかという話を聞いた。「さすがです」「知らなかったです」「すごいですね」……。男の人を喜ばせる「さしすせそ」は接待の場でも万能だ。
もしものために持参した、自社の商品カタログやエリア別売上データの出番はなかった。私とのビジネスの話なんてさらさら求めていないのだということが、やっぱり悔しかった。
会の中盤にさしかかると、A氏は業界の重鎮との仲睦まじい写真を見せてきたり、その場で電話を掛けたりした。業界歴の浅い私には、その人達がどれくらい偉いのかさえ分からず「すごいですね」と返していたら「お前はまだ何もわかってないな。業界内の人脈を広げろ。俺が誰でも仲介してやる」と言われた。
素直にありがたいなと思うと同時に、上司がなぜこれほどA氏を恐れていたのか初めて分かった気がした。この人に嫌われたら、業界で居場所をなくすかもしれないのだと。
「そういうつもりじゃない」と言われると拒否できない
「この後、お前のホテル行くからな」
その誘いはあまりに突然だった。私が困っていると、「そういうんじゃない、部屋で飲みなおすだけ」と言われた。《そういうことじゃない》なら強く拒否できないなと思った。そんなことをして「自意識過剰な女だな!お前のことなんて誰が抱くか」と怒らせてはいけない。
「でもシングルで狭いし、散らかってるし、Aさんが来るような部屋じゃないですよ」
「そんなのいい。軽く飲んで帰るだけだから」
そんなやり取りをしているうちに締めの鍋料理が運ばれてきた。「熱いのでお気をつけください」と話の腰を折ってくれた店員に感謝した。私は2人分を小皿に取り分け、口に運んだ。ホテルの話に戻りたくなくて、過剰なまでに「おいしいですね!こんなの食べたことない」なんて言っていると、A氏が突然「自分ばっかり食ってんじゃねえ!!!」と怒り出した。それまでの空気が一変し、場が凍りついた。
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仕事相手との関係が断絶しないよう、仕事に支障がないように何とかその場を収めようとしていた矢先……。
(次回へ続く)