第3話:「ちゃんと拒否したの?」がセクハラ被害者を苦しめる
●私、セクハラ被害者になりました
「やめてください」って言わなきゃ同意したことになるの?
A氏からの「ホテルに行くぞ」という誘いに対し、初めは「いやいや」とかわしたり、「酔ってるんですか?」と諭してみたりしていた。それでもA氏は「部屋に行くけど、そういうのじゃないから」と引かない。私はいっそ「お前を抱くつもりだ」と言われたら走って逃げられるのにと思っていた。被害妄想だと言われたくないし、もう誰が見ても「そういうのになる」状況になってから逃げるしか道はないと判断し、「わかりました」と言った。
「ホテル行くぞ」「わかりました」……。これは同意したことになるのだろうか。
私は悪くない!と思いたくてひたすら判例を検索
A氏から逃げ出せたあと、上司と相談し出張の中断が決まった。今後の対応は明日以降で考えることになり、私は東京に戻ってよいと言われた。上司は私のことを心配してくれていたが「大事なお得意様に何てことをしてくれたんだ」と思われている気がして仕方がなかった。
今思えば、自分に非がないということを証明したい一心だった。一晩中「セクハラ 判例」「セクハラ 取引先」「セクハラ 責任」と検索していた。たくさんの具体例のなかから近しい状況のものを片っ端から読んだ。私が受けた「彼氏いるの?」「ここにいる間は俺の女な」という発言がセクハラにあたるのは間違いなさそうだが……。
調べていくうちに「ホテルに誘って、夜道で体を触りキスを迫った」ことが「強制わいせつ罪」に相当することがわかった。強制わいせつ罪は訴えないと事件化しない「親告罪」だったのが、2017年7月から告訴を必ずしも必要としない「非親告罪」になったことを初めて知った。
そこで少し気が楽になったのを覚えている。「犯罪に巻き込まれたから仕方がなかった」という免罪符を得た気がしたからだ。
《同意がなかったこと》の説明を求められる残酷さ
一方で、判例を読んでいても、セクハラの定義をまとめた記事を読んでいても「(同意がないのに)性的な嫌がらせをすること」というニュアンスの説明が気になった。「客観的にみて同意があったと判断されれば、セクハラに該当しない場合がある」ということらしい。「だからこそ、自分の身を守るためにちんと拒否の態度をとろう!」と記事は締めくくられていた。拒否の態度がとれる相手ならセクハラなんて起きないのでは?という矛盾を抱いた。
そして、この件がもし裁判沙汰になれば《同意がなかったことを証明》しなければいけないのだろうか、と不安になった。それは想像するだけで辛い作業だった。A氏から「拒否もされなかったし、同意があると思った」とみんなの前で説明され、私の言動を責められる。そして「キミの思わせぶりな態度も良くなかったね」と両成敗される……。そんな屈辱的な出来事が、妄想ではなく現実に起こる。一度落ち着いていたのに、この後のことを考えて涙が止まらなくなった。これがいわゆる二次被害というものなんだ。
正しいと信じていた処世術が自分を苦しめることに
録音してあった会話を何度もボイスレコーダーで再生した。聞きたくもない音が入っているが、自分がどこかで《明確な拒否》とやらをしていないか躍起になって探した。
「いや〜明日も早いので」
「またまたご冗談を」
「うーん、わかりました」
やっぱりこれぞ、という台詞は見つからなかった。「やめてください!」と言うタイミングが全くなかったわけじゃないが言っていない。自分のことを責める。曖昧な回答で勘違いさせてしまった私が悪かったのかな?と。
社会人になってから、目上の男性からのセクハラを上手くかわす処世術を身につけてきたつもりだった。しかしいざという時それは私を守ってくれなかった。本当は明確な拒否の仕方を学んでおくべきだったんだと後悔しても、もう遅かった。
- 特集「私、セクハラ被害者になりました」の記事一覧はこちら
- 第1話:私、セクハラ被害者になりました。〈その1〉
- 第2話:私、セクハラ被害者になりました。〈その2〉
- 第3話:「ちゃんと拒否したの?」がセクハラ被害者を苦しめる
- 第4話:味方はどこ?セクハラ後、傷ついてる暇もないほどの冷遇を受けた
- 第5話:絶対に泣き寝入りしない!セクハラとの孤独な戦いの幕開け
- セクハラ座談会もおすすめ:結婚退社する部下に「ちゃんと女性の幸せをつかんだね」って、セクハラ?
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第1回第1話:私、セクハラ被害者になりました。〈その1〉
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