私、セクハラ被害者になりました。

第6話:取引先にはセクハラされても文句を言えないの? 会社は守ってくれない

セクハラ加害者であるA氏への法的措置を検討していると打ち明けた瞬間、態度を硬化させた上司。セクハラは権力の上下関係が存在するからこそ起こる問題です。被害者はその後自分の権利を主張するだけでも「相手に食って掛かる」ような気概が必要になります。私にも、心身ともに傷ついているなか、何度もくじけそうになる瞬間が訪れました。

●私、セクハラ被害者になりました 06

暗闇の中救ってくれたのは警察からの電話だった

会社から突き放され絶望している私のもとに、思わぬ連絡が入った。それは「被害届が出ないと捜査は始められない」と言った警察のⅭさんからだった。

「あなたの親告を受けて、事件性もあるのでA氏に聴取をしたいのですが」
「え? 届出していないのに捜査してもらえるんですか?」
「ただ今回は任意の聞き取りという形でしかできないのですが……」

Cさんは私が一方的に電話を切ったあと、思うところがあったそうで「市民の安全配慮の観点から必要と判断」し、事件現場を歩いたり目撃者を捜したりしてくれたそうだ。やはり被害届が出ない限り本格的な捜査はできないが、できる限りのことをしたいと言われた。警察に対して抱いていた不信感が消え、気持ちがほぐれていくのがわかった。

「ぜひお願いします」
「では、本日A氏のもとを訪ねます。結果はまた報告します」

本当はA氏に罰を受けて欲しい。それが叶わなくても、せめて自分がした行為が犯罪であり、人を傷つけたことを自覚して欲しいと願っていた。任意の聴取をしてくれるだけでも気が晴れた。「警察に通報するほど嫌だったんだ」とわからせてやりたかったのだ。被害届が出ていないなか、可能な範囲で私の気持ちに寄り添ってくれたCさんに感謝した。

会社の態度はますます硬化。私は会社を攻撃する加害者なの?

電話を切ると、上司に「今日A氏の元に警察が行きます」と報告をした。すぐに既読がついたが、返事がない。いつもはすぐに返事が来るのでおかしいなと思った。

「いま○○さん(上司)何してる?」

気になって会社にいる同僚にLINEする。

「なんか血相変えて出て行ってからB専務とずっと会議してる」

穏便に済まそうとしていたのを私が警察沙汰にしたことで焦り、A氏と懇意にしているB専務と緊急会議を開いているのだろう。私は悪いことをしているのだろうか?と自責の念に駆られてしまう。

しばらくたってから上司の返事があった。

「了解です。弁護士もついているようだし、君の行動にもう口出しはしませんし、こちらも何も聞きません。会社には会社の対応があるので、それは任せてください」

それは会社と私が違う方向を向いていることを決定づける言葉だった。「勝手なことをするならもう知らないよ」と言われている気がした。私よりA氏に気を遣っていることがわかるたび、自分は会社に迷惑をかけるだけの疫病神なんだと思えた。守って欲しい相手に殺されるかもとまで感じた。

警察から連絡があったのはその日の夕方だった。Cさんではなく、聴取を担当した男性刑事さんだった。

「A氏が罪を全面的に認めました。『酔っていて覚えていないところもあるが、申し訳ないことをした』とのことでした」

報告を受け身体の力がスーッと抜けた。ひとまずA氏と事実関係を巡って争う必要はなくなり、あとはどう償ってもらうかを考えることに注力できる。

裁判をしなくても損害賠償請求はできる

ひと安心した私は弁護士のアドバイスのもと「内容証明郵便」を使ってA氏へ損害賠償請求を行うことにした。

性犯罪の場合、刑事事件化するならば「被害届提出→刑事事件として立件→有罪判決」となるか、手続きの途中で相手側が被害届の取り下げを求めて示談となることが多い。しかし私の場合、いまは被害届が出せる状況ではなく刑事告訴ができない。

一方、民事で損賠賠償を求めて裁判を起こすとなればもっと時間やお金がかかるだろうが、その間も通院費や会社を休んでいる間の給与など経済的被害は発生し続けていて、現実的には難しい。

弁護士のアドバイスで、刑事事件として立件したり、いきなり民事で裁判を起したりしなくても、民事的な手続きで賠償請求が可能だということを初めて知った。ネットで調べてみるとテンプレートがたくさん出てきたのでそれを使い、作成は簡単だった。

記載する内容は大きく四つ。
① A氏の行為が刑法176条の強制わいせつ罪にあたること
② 二度と「私」と接触しないこと。取引先でもある勤務先に嫌がらせしないこと
③ 精神的苦痛を受けたことに対する慰謝料と損害賠償を請求すること
④ 今後納得のいく補償がされない場合、速やかに法的な手段をとる意思があること

一般的には文末に入れることが多い「慰謝料の支払いをもって、訴訟などを行わないと誓約する」の一文は足さなかった。賠償と刑罰を受けることは別物だという思いがあったからだ。できるなら被害届を出したい気持ちも残っていたので記載しなかった。

日本では未だに賠償と示談がセットで考えられていて、お金を支払うことで罪は償ったとされてしまうが、本来、賠償と示談は別々の手続きだ。ただ、後に知ったことなのだが起訴前の賠償請求に相手が応えた場合、その後起訴しても刑が軽くなることが多いそうなので、相手に厳罰を望む場合は慎重にすべきだと思う。

これらの内容をまとめ、実父を代理人に立ててA氏に通告した。さすがに直接やり取りする気力はなかったからだ。自分が受けたわいせつ行為についての文章を父に読ませるのはとてもつらかった。

送付先は勤務先でも自宅でもよいとのこと。弁護士の先生は「より、相手側が黙殺できなくなる方に送ってください」と言っていた。そう考えると職場だが、取引先ということもあり気が引けて自宅に送付した。

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