私、セクハラ被害者になりました。

第8話:セクハラ「放置」の会社幹部と直接交渉。立ちふさがる無理解の壁

もしある日あなたがセクハラを受けたらどうしますか?有力取引先のA社長からキスを迫られ、ホテルの部屋に押しかけられそうになるなどのセクハラ行為を受けた雅美さん(27歳)の体験を通して、セクハラの実態を考えます。事件以来会社を休んでいた彼女は、事件の対応について話し合うため社長・上司・女性役員と面談することになりました。

●私、セクハラ被害者になりました 

入念な下準備で、言い負かすことばを装備した

会社側との交渉で、一番に求めるのはセクハラの加害者A氏の親会社の社長で、雇用主であるD氏への事実関係の通告。従業員が起こした問題についての責任を取る「使用者責任」を根拠として求めることにした。また、今後の私の業務についても、この件を理由とした不当な配置転換などはあってはならないということはきちんと主張したい。

これまでのやり取りで上司は私を警戒している。理論武装して挑まなければ言いくるめられると思い、知り合いのフェミニズムの専門家に相談したり、本を読んだりして、今回の会社の対応の問題点や今後求めることを書きまとめた。

『私たちにはことばが必要だ フェミニストは黙らない』(タバブックス刊)という本は、差別主義者が言いがちなことばに対し、どう言い返せば効果的かが詳しく書かれており、大変参考になった。感情的になるととっさに言い返せないので、想定問答集をしたためた”カンニングペーパー”も作成した。

いよいよ経営陣と対面。明らかになる温度差

指定された場所に赴くと、上司は開口一番「元気?まあ、元気じゃねえか」とヘラヘラ言った。想定問答集にもないような最低なことを言われ面食らってしまった。

頭に血が上るのをおさえ、私はA氏から受けた行為の詳細をまとめた紙を3人に配り読んでもらった。あらためて、私が受けた行為は警察も動くような強制わいせつ事件であったことを念押した。

「聞いていた話と違うな。こんなにひどいとは思ってなかった」

読み終えたあと、ぼそりと社長が言った。上司が焦ったように「この鬼気迫る感じ、僕が一番理解しているつもりだよ」とフォローした。どうやら上司はきちんと被害の状況を説明しないまま、「彼女は会社に対してファイティングポーズをとっている」という情報だけ社長に流していたようだ。

「ですから、今回の件はきちんと、社長とD氏の間で対応を話し合って欲しいんです。AA氏は会社には黙っていてくれと言ってきてますが、それだとなんの解決にもなりません」

私の発言に、上司が横やりを入れる。

「AAさんにはメールも送っているし、さらにD氏にもってのはね……。そっちの示談の内容も知らないのに会社はうかつに動けないな」

「現時点で示談は一切交わしていません。AA氏も都合のよいことを言ってきているので、会社として覚書をかわすべきかと思います」

「だからそれはこっちの弁護士と相談して決めることだからさ」

「いま、私は誰からも守られていません。会社として、社員の安全配慮義務に則った対応をしてください。安全配慮義務はご存知ですよね? 同様にD氏にはAA氏の使用者責任があるんですよ?」

上司も、社長も、女性役員もポカンとして、しばらく誰も喋らなかった。こちらに知識があるとわかり、うかつな発言をして揚げ足を取られるのを恐れているようだ。「安全配慮義務ってなに? 今回の件とどう関係があるの? おい、誰か何か言えよ……」という空気だったように思う。

そう、驚くほど、彼らは何も知らなかった。

事件からもう3週間がたとうとしていたのに、セクハラに関すること、会社としてとるべき対応、その際に必ず登場する専門用語のひとつすらも。これまでずっと何を話し合っていたんだろうと呆れてしまった。

わかってもらうために頑張るのはいつも被害者

「それはつまり、どういうこと?」

口火を切ったのは社長だった。それからの時間、私は民法について自分が調べたことや弁護士から教わった近年の傾向、取りがちなNG対応などを丁寧に説明した。

事前に相談していたフェミニズムの専門家からは、「理解させるために頑張っちゃいけないよ。相手が『セクハラに遭ったことがないから分からない』って言うならわかるまで調べてもらうんだ。努力すべきは差別を受けた側じゃない。そんなことで疲弊しちゃいけない」と忠告を受けていたのに、結局、理解させるために努力をしている。

言い合いになるかと思って意気込んでいたのに、相手は土俵の上にすら立っていなくて、私はずっと一人で怒り傷つき戦っていたんだなとみじめになった。

話し合いを終え、
・D氏への通告と覚書の作成
・ハラスメント対策のマニュアルを作成する
・「女性社員の出張禁止」など、女性「だけ」を縛る安易な対応をとらないこと
・今回起きた出来事を社員全員に知らせてもらうこと

この4つを必ず実行してもらうことを約束した。3人と別れた後、目的を果たせた達成感よりも空虚感に襲われた。当事者以外にとっては他人事なんだなという、考えてみれば当たり前のことが悲しくて、この世にひとりぼっちみたいな気分だった。

私、セクハラ被害者になりました