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縛られずに働く

LGBTにあてはまらない私が、京都に転職し、移住した理由

PR会社勤務を経て、LGBTアクティビストである増原ひろこさんの秘書として働くことを決めた森谷佑未さん(24)。生まれ育った東京から、知り合いゼロの京都で、経験ゼロで、秘書として転職。ツラくないわけはない。それでも「最悪、死なない」と精神的な逞しさで、やりたいことに真っすぐ突き進みます。

●縛られずに働く

「ストレートのあなたにLGBTのことはわからない」

今年2月末に、LGBTアクティビストの増原ひろこの秘書兼広報として、彼女の事務所がある京都へ移り住みました。増原はレズビアンをオープンにして政治家を志していますが、私自身はLGBTにあてはまりません。「なのに、LGBT?」とよく聞かれます。

大学時代から、性的指向や性自認などによる困難を無くすために活動する団体に所属し、同性カップルの結婚式をサポートする企業でインターンも経験しました。LGBTコミュニティとの関わりを持っていくなかで、当事者の方に「どうせあなたにはわからない」と率直に言われたこともあります。

それでも、LGBTの方たちのために何かしたいと思い続けるのは、中学校時代の経験があるから。大切な友達から「LGBTなんだ」とカミングアウトを受けたんです。当時の私にはその子が抱えていた生活の中での困難や違和感、居心地の悪さを自分ごとして感じられないことがすごく悲しくて、勉強しなきゃと思ったんです。大学に入ってから、ジェンダー関連の本を読んだり、LGBTパレードに参加をしたりしながら、自分でできることを考えて理解を深めました。

やりたいことは、声に出し手を挙げて実現させていく

卒業後の就職先は、LGBTコミュニティに関わる仕事や人権組織をサポートできる場を考えていました。まだ日本では人権運動が活発ではないので、将来的に世界的な組織で働くことも見据えて。そして、自分のイメージやアイデアを直結させることができる広報のエキスパートを目指して、PR会社に入社したんです。

就職の面接でも、「LGBTコミュニティに関わる仕事がしたい」と伝えていました。そして入社後に、ダイバーシティへ取り組む企業の広報案件があり、部長から「君が適任」と言ってもらい参加することに。同時に、人権が守られない環境で生きざるを得ず困難を抱える方を救う目的をもった国際的人道団体の広報もお手伝いしました。本来は別チームの案件でしたが、「絶対に他の仕事をおろそかにしないから」と上司にお願いしました。

自分の関心事を大きな声で周囲に伝える。積極的に手を挙げる。この2つは、やりたいことを実現させるために、本当に大事なことだと実感しています。

入社1年目からオープンリーゲイの先輩とともに動き、最終的には会社のダイバーシティプロジェクトの立ち上げにも関わることができ、学び多い充実した時間を過ごしていました。もちろん、「たいして仕事もできない入社1年目の子が何をしてるんだろう?」と見ていた人もいたと思います。ただ、いろんな人と話していく中で、まわりの意識や見方も変わっていく様子を間近で感じました。誰もが、というのは難しいかもしれませんが、多くの人は変わると信じています。

博打的な転職も「最悪、死ぬことはない」

やりたいことをやらせてもらえる職場環境だったので、もっと経験を積むつもりでいました。ところが、昨年LGBTコミュニティで知り合った増原から、「政治の道に挑戦するから力を貸してほしい」と言われて。私にとって彼女は、憧れのLGBTアクティビスト。そんな彼女から信頼されたことが嬉しかったです。その挑戦にも興味があり、話をもらった時点で私の心は決まっていました。

ただ、両親は大反対。半年後にはどうなるかわからないわけで、「そんな博打みたいな転職はダメだ」と言われました。たしかに自分でも「こんなに先が見えない転職をする人も、そうそういないだろうな」と思いました(笑)。でも、こんなチャレンジングな広報活動ができる機会はめったに訪れないので、絶対に逃したくなかったんです。最終的に、転職と京都移住に踏み切れたのは、勢いも大きいです。もともと後先考えない性格なので、結果がどうであれ「死ぬことはないだろう」と(笑)。転職や移住によって、出会えなかった人に会えますし、京都は美味しいものもある。どこに住んでも、どこで働いても何かしら楽しいことが見つかるはずと、前向きに捉えていました。

「女性は何だってできる」が働くモチベーションに

今は、事務仕事から、ご挨拶回りまでさまざま。TwitterなどSNSでつながった関西のコミュニティともコンタクトを取って会いに行ったり、お手伝いをお願いしたりもしています。

やりがいがありますが、すぐそばに話せる人がまだいないのでキツくなるときもあります。反対を振り切って来たので、両親に「ツラい」とは言いにくい。東京の友人も忙しいのに悩みを聞かせるのは申し訳ない。どうしても誰かに話したくて、占いに駆け込んだことも。その時は感情が溢れ、占い師さんの前で泣いてしまいました。

ただ、私は生きて働くうえで、信じていることがあります。それは、「女性は何だってできる」ということ。パワフルでタフな女性だからこそできることがあり、私にもその力があるはず。私が働くモチベーションのベースには、人の役に立ちたいという気持ちがあります。幸いなことに、これまで素敵な人たちに恵まれ、学ぶことができました。

将来的には、難民やDVなど酷い扱いを受ける人たちといった、今は自分の目には見えていないかもしれないけど、確実に存在する人々の居場所をつくり、人権を守ることをしたい。そのためにも今は、もらったチャンスとこれまでの経験をしっかり活かし、女性議員を誕生させることで、どんな人にも優しい社会づくりのお手伝いができたらと思っています。

多様な働き方を応援します

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東京都出身。フリーライター。女性誌や各ウェブメディアなどで、K-POPアイドルからアスリート、働く女性まで幅広い人達を取材。今宵のビールを美味しく飲むために、走ったりヨガしたりする日々。
京都在住の商業写真家。全日空機内誌『翼の王国』にて『京都の流儀』の撮影を12年にわたり担当するほか、国内外からの撮影依頼、多くの書籍の撮影も手がけている。
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