編集部コラム

どうか私の誕生日を誰も気づきませんように

telling,編集部コラム、火曜日担当の伊藤です。先日、誕生日を迎え32歳になりました。私にとって誕生日は年に1度のとっても気まずい日。どうか、誰も私の誕生日を気づきませんように、と祈る気持ちで過ごしてしまいます。

先日、誕生日を迎えまして32歳になりました。

みなさん、毎年、誕生日をどうやって迎えていますか。私は誰にも気づかれずに、ひっそりと過ぎ去ってくれればいいのになって思います。というのも、誕生日というだけで「おめでとう!」という「お祝い」の言葉をもらうのが心苦しいからです。

なんで、誕生日がおめでたいと思わないかというと、「年齢を重ねること」がおめでたいなら毎日毎日「おめでたい」わけです。誕生日が特別おめでたいわけではない。息を吸って吐いてるだけで、おめでとうって言ってもらえるのって、おめでとうの価値が下がるのでは?と思うのです。

生きてるだけじゃかすり傷にしかならない

今はやりの言葉でいうなら「死ぬこと以外はかすり傷」、つまり、生きてるだけじゃ、かすり傷にしかならんのです。もっともっと死ぬ気で生きたいのです(?)。かすり傷どころか、爆死する気で動いた結果に対して「おめでとう」って言われたいのです。

いや、でも「おめでとう」も、「お疲れ様です」「お腹空いた」「彼氏ほしい」と同じくらい、脊髄で言ってしまうものなのも知っています。言われて嫌な言葉じゃないし。だから、運動神経だけで「おめでとう」連打しちゃいますけど。

誕生日は「好き」と伝える口実

とはいえ、人のお誕生日は大好きなんです。別におめでたいとは思ってないですけど、人にプレゼントを渡して「いつもありがとう。大好き」と伝えたいことってあるじゃないですか。誕生日はそのための口実だと思っています。先日も5月生まれの友達に、半年遅れのプレゼントを渡して不審がられました。でも、誕生日なんていつでもよくて、ただ「好き」って言いたかっただけなのです。

「お疲れさまです」といって「疲れてません」と返す先輩と同じくらい、「おめでとうございます」「めでたくありません」のやりとりも面倒な奴だと思うので言いませんが(笑)。自分の誕生日がくるたびに「どうか、誰も気づきませんように」と祈ってしまいます。

というわけで、無事ひっそり32歳になれて良かったです。こんなひねくれた私ですが、「おめでとう」を受け取れるような努力を32歳もしていきたいと思います。

telling,の妹媒体?「かがみよかがみ」編集長。telling,に立ち上げからかかわる初期メン。2009年朝日新聞入社。「全ての人を満足させようと思ったら、一人も熱狂させられない」という感じで生きていこうと思っています。
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