忖度上手になろう

ヒルトンの一流ホテルマンに聞いた「世界から見た日本の忖度は?」

公務員の「忖度」など、悪いイメージがついてしまった言葉ですが、本来「忖度」とは「相手の気持をおしはかる」こと。日々の仕事や生活を円滑にするために、「忖度上手」になっていきませんか? 今回は、世界大手ホテルチェーンのヒルトン東京ベイで働く人気ホテルマンのディパック・チャパイさんに、外国人からみた日本人の”忖度”や、彼が考える忖度の理想を聞きました。

サービスの質の高さに感動し、日本で働きたいと思いました

――ディパックさんはネパール出身とのことですが、来日されたきっかけは?

私は、インド生まれのネパール育ちです。来日したのは、23歳のときです。ネパールにいるときJICAの活動に参加していました。そこで日本人スタッフが話す日本語を聞き、「とても聴き取りやすい言葉だな。もっと日本語を学びたい」と思い、日本の語学学校に通うことにしました。本当は、1年半の留学を終えたのちはネパールに戻り、学んだ日本語を活かしてJICAとコラボ活動などをしようと考えていました。

日本で生活するなかで驚いたのは、レストランに行ってもホテルに行っても、どこも接客が素晴らしいこと。日本語だけではなく、もっと日本の「おもてなし」「サービス」について学びたいと感じました。サービスを学べるのはホテルでの接客業だと思い、日本語学校を卒業したあとはホテルの専門学校に行き、卒業と同時に日本でホテルマンとして働き始めました。

お客様の状態を見て、相手が望むこと以上のサービスを提供

――ホテルのお仕事をしていて、一番「難しい」と思うことはなんですか。

ホテルマンは、目の前のお客様の要望に応えようとしますが、すべてに「イエス」と言うわけにはいきません。「ノー」と言わずに、かぎりなくノーに近いことを伝えなければいけないこともあります。

以前、15時チェックイン予定のお客様に「12時に到着したから今すぐチェックインしたい」と言われたことがあります。その時間はホテルの清掃をしているので、お通しできません。ただ、お客様は、海外からの長時間のフライトで疲れていらっしゃるようでした。

そこでホテル内の会員制ラウンジスペースにご案内し、そちらでお待ちいただくことにしました。最初は、希望通りにチェックインできないことに非常に気持ちが高ぶっていたお客様も、腰を下ろしたら落ち着いてきて、最後には笑顔になっていただくことができました。

海外からのお客様の中には、24時間以上かけて来日される方、明け方に到着する便でホテルへ向かう方もいらっしゃり、疲れ切っていらっしゃることもあります。様子を見て、「相手がどのような状態か」「疲れ切っているから、休憩できる快適な場所を提供しよう」と考えての行動でした。

――“忖度”していらっしゃるんですね。

はい。ホテルマンは、ホテルにご来館されるお客様のことを詳しく観察します。それによって、今お客様がどういう状態なのかを見て、相手が望むこと以上のサービスを提供することが大切なのです。

海外の人は要望が明確、日本人はその場では伝えない

――日本と海外で、サービス(忖度)に対しての意識の違いはありますか。

海外のお客様は、望むサービスについて口頭ではっきり伝えますが、日本人のお客様は遠慮して言わないことが多いと感じます。
海外では、言葉とゼスチャーで伝えるので、相手に伝わりやすいんです。でも、日本では言葉だけで伝えるので、理解が難しいことがあります。たとえば、コーヒーを注ぐ際、「おつぎしましょうか」と聞くと「大丈夫です」と言ったとします。こちらからすると「大丈夫」とはいらないのか、いるのかが分かりづらいのです。

ほかにも、海外のお客様はクレームがある時は、口頭で「これをしてほしい」とはっきりと伝えてきますが、日本人のお客様は遠慮してその場では伝えません。後日、手紙などで「あの時こうしてほしかった」と伝えてくるのです。

――対応の仕方がまったく違いますね。お客様は、その日初めて会う方がほとんどでしょうから、気持ちをくみ取るのはかなり難しそうです。

だからこそ、お客様がサービスに満足していないと感じたときは、目や表情をよく見ながら話して、「本当に望んでいることは何なのか」を探る必要があります。目は口ほどに物を言います。そうやって、お客様が本当に言いたかったことは何かを見つけ出しています。

――どうやったら忖度上手になれると思いますか。

相手が考えていること、望んでいるであろうことを、社会人として、プロフェッショナルなホテルマンとしてどう推し量るか。先回りして、お客様にどうアプローチできるかを考えるのが大切だと感じます。自分なりに工夫したことで、「よい滞在だったよ。本当にありがとう」「次にまた来るね」「名刺はあるの?」と声をかけていただくことがあり、とても励みになります。

“忖度”とは目の前のお客様一人ひとりに対して心を配ること

――おもてなしと忖度の違いについては、どう考えますか?

私は、“おもてなし”という言葉がとても好きです。Very love. 忖度は、“おもてなし”の中にある言葉だと思います。おもてなしとは、ヒルトン東京ベイのスタッフとして、すべてのお客様に心を込めて接すること。忖度とは、そのなかでも目の前のお客様一人ひとりに対して心を配るという意味で使う言葉だと思います。どちらも、素晴らしい言葉です。

お客様との出会いは、一期一会。目の前のお客様をハッピーにすること。お客様の顔と名前を覚えることはもちろんのこと、出身地や家族構成、趣味、どんな目的でホテルに滞在するのかなどを会話の中から拾います。お客様のことを知り、勉強することが質の高いサービスにつながるのではないかと思います。

●ディパック・チャパイさん プロフィール
ヒルトン東京ベイ(宿泊部)ゲストサービス&クオリティマネージャー。インド生まれ、ネパール育ち。日本に語学留学後、専門学校でホテルの仕事を学び、ホテルマンに。
ウエスティンホテル東京、ザ・キャピトルホテル東急などを経て、ヒルトン東京ベイに勤務。ホテルマンとしての紳士的なふるまいはもとより、細やかな気遣いと配慮で、多くの宿泊者から感謝の手紙が届く人気のホテルマン。

明治大学サービス創新研究所客員研究員。ミリオネアとの偶然の出会いをキッカケに、お金と時間、行動について真剣に考え直すことに。オンライン学習講座Schooにて『文章アレルギーのあなたに贈るライティングテクニック』講座を開講中。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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