●忖度上手になろう02 「プロ秘書」に聞く(前編)

その気遣い、忖度じゃなくて「損得(そんとく)」になってない?

何かと話題になり、広く知られるようになった「忖度」という言葉。なんとなく悪いイメージがついてしまっていますが、本来の意味は「他人の気持ちを推し量ること(広辞苑より)」。人付き合いをしていくうえで、非常に重要なことなのです。 今回は、そんな忖度のプロとも言える、「プロ秘書」の中村由美(60)さんを取材。中村さんは「カレーハウスCoCo壱番屋」(以降ココイチ)を経営する株式会社壱番屋の社長秘書を3代にわたって務め、1996年には日本秘書協会が選出する「ベストセクレタリー」に選ばれた、まさに秘書のプロ。そんな中村さんに、忖度について伺ってきました。

●忖度上手になろう02 「プロ秘書」に聞く(前編)

忖度とは、相手を観察し相手基準で考える

 私は秘書を35年ほどやっています。仕事柄、忖度することは多いですが、忖度って難しいですよね。

 正しい忖度は、「相手を主体に考えること」だと私は考えています。忖度して気遣いの度が過ぎると、「何か返さなきゃ」と逆に気を使わせてしまう。逆に、足りないと「物足りないなぁ」と思わせてしまう。その人にとって、ちょうどいい塩梅じゃないとだめなんです。

 でも、その「ちょうどよさ」は人によってさまざま。たとえば、出張の手配から身の回りの用意までしてほしい人もいれば、出張前の準備はすべて自分でやりたいという人もいます。その人にとっての「ちょうどよさ」を見極めるには、相手に目を向け意向を確認すること。見て判断するだけでは足りませんし、何をどこまでやるのがベストなのか考えなければいけません。そして、人によって気遣いの度合いを変えていくのです。

 もう一つ重要なのは、忖度に自分の感情を持ち込まないこと。「○○してあげたのだから、自分もよくしてもらいたい」といった、「便宜を図ってもらいたい」気持ちがわいたら、それは忖度ではなく、「損得(そんとく)」によって行動しているということになるのです。そもそも、「○○してあげた」という感情は、その気遣いが自己満足であることの表れ。相手基準で考えられていないですよね。

 「忖度」という言葉が話題になった何とか学園の件や、最近で言えばアマチュアボクシングの会長の件……これらはまさに、忖度ではなく「損得」の例だと思います。どんなに地位の有る人でも、ただの人です。なのに、その地位や立場に「えらさ」を感じてしまうから、忖度がいきすぎて「損得」になってしまうんですよね。

腹を立てないコツは、相手の考えを受け入れること

 秘書は仕えている人に合わせるのが仕事。まさに、忖度するのが仕事です。よくいろんな方に「常に相手に気を使って合わせて、心が摩耗し疲れませんか?」と聞かれますが、もちろん自分の考え方と違ったら理解できないこともあります。でも、やりたくない、分からないからと放り出してしまったら仕事がつとまらないじゃないですか。だから、仕事の場では相手の考え方を学んで、「この人はこういう考え方をする人なんだ」と冷静にかつ客観的に受け入れちゃえばいいんです。

 人間ってどうしても、相手の短所の方が目に付いてしまいがち。心を向けて長所を探して「この人のことを好きになろう」と考えるのは苦しいもの。それなら、こう考えてみましょう。私も相手も考え方は変わらないのだから、「こういう人なんだ」と客観的に認めてしまう。それは「諦める」ことに思えるかもしれませんが、さじを投げるのではなく、前向きに「認め受け入れる」こと。プラスに考えるだけでずっと楽になりますよ。

 それに、相手の考え方を認めて気遣うのは、どんな職種でも仕事を円滑に進めるためには実は必要なこと。たとえば、私が現在秘書として働いている壱番屋の創業者の宗次(むねつぐ)は、以前にもらっていた指示と違っていたとき、「前回はAでしたよ」って言うと表情が曇ります。だから、「前回はAでしたけど、今回はBでいいですね?」って聞くんです。そうしたら、「そうか、じゃあ前回と同じくAで」というときもあるし、「今回はBで」というときもある。そうやって相違点を日々分析し、情報として習得していくのです。

盲目的に沿うだけでなく、自分の意見も上手に加える

 一方で、宗次も、私が「では、〇〇でよろしいですね」と指示を復唱したときは、何か相違点があるのかもと気づいてくれるときもあります。疑問点は確認という形で伝えることもあります。そういう時は、真面目顔で笑顔ではないと思いますけど。(笑)。支える人――上司の顔色をうかがい上司の意向に盲目的に沿うだけでなく、過去の事例に沿って自分の意見も加えながら、提案や確認という形で仕事を進めていくことはとても大事だと思います。

 秘書の仕事は、相手の考え方を情報としてとらえ分析して「この人はこういうふうに考えるだろう」と5手、6手先まで予測し行動すること。それがすべて読み通りに進んだとき、仕事への達成感を感じます。

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1990年生まれ。早稲田大学文化構想学部卒。新聞記者として勤務したのち、中古車メディアの編集として特集制作などの経験を積む。結婚を機に名古屋に移住し、現在はフリーランスとして活動中。趣味は旅行。
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