あのとき、君の声は日常だった。でも今はその声が思い出せない。
●「婚活坂40」 ―独身アラフォー女子の婚活日記
「あの人」の声、思い出せますか?
とても大切な人、または大切だった人。
どんな風にあなたの名前を呼ぶのだろう。
声は低い? それとも高い? ゆっくり話す? それとも元気よく話すのだろうか。
君の声は日常だった
「怜」
彼はよく、私の名前を呼んだ。
「怜、おはよう」「怜、今日会社でね」「怜、今度あの映画観たい」
長電話が得意でない私が、あの数年は、毎日連絡を取り合っていた。
「いつも俺ばかり電話して、怜からは電話が来ない!」
そう言って、軽い苦情がくるときもあれば、
「朝弱いなら、電話で起こすよ」
優しさに甘えたこともあった。
「低血圧だ」という、最もらしい理由をつけて、1回だけでなく2度寝分まで計2回、朝から面倒をみてもらったこともある。我ながらなんとも図々しい。
それなのに、私からは一度も起こしたことがなく、今更ながらすまん、と思う。
そうは言っても、好きな人の声で目覚める一日は、何とも幸せだ。
翌朝、起こしてくれると決まった前夜は、その瞬間から朝が待ち遠しくなる。
今だから言えるけど、朝の電話がワクワク過ぎて、結局、 起こしてくれる時間より、早く目が覚めることもあった。しかし電話では、「今、起きた」風に装った。
布団の中で電話を切り、のそのそと起き上がる。いつも通りに顔を洗い、身支度をして電車に乗る。
それでもそんな朝は、少しだけ陽の光を多めに感じた。
楽しい記憶だけではない。
他愛もないことで喧嘩したとき。相手がわぁーっと怒っているのを聞きながら、どうしたものかと考える。
しかしそんなときも、不謹慎かもしれないが、この人はこういうふうに怒るんだなぁと思いながら、その声を聞いていた。
感情の起伏もたくさん見た。
その頃、彼の声は私の日常だった。
――しかし数年後、私達の付き合いは嵐のように終わった。
彼の声が思い出せない
別れから10年以上経った。
それなりに濃い時間を共有し、今でも、その時々の部分的な会話や出来事は何となく覚えている。
若さも手伝い、勢いもあった。一生懸命向き合った。
――しかし。
あんなに毎日聞いていた彼の声が、今となってはハッキリ思い出せない。
自分の名前を読んでいたあの声が、脳裏の奥で、思い出そうとしてもどこかぼやける。
声の記憶は曖昧だ。人によって1年や2年で薄れることもあれば、10年以上経って徐々に消えていく場合もあるような気がする。
10年後に聞いた声
彼と別れて10年以上経ったとき、突然携帯の着信があった。
少しためらったが、結局電話に出た。
元気な声は健在だった。それからしばらく、年に何回か、連絡がきた。
「もしもし」の一声で、瞬時に当時の自分に戻る。
そして相変わらず、その声で私の名前を呼ぶ。
私の声も、電話を切ったあと、高くなっていたことにふと気づき、冷静にトーンを戻した。
大切な声は誰ですか
「大好きなあの人」も、今となっては「懐かしい人」に立場は変わった。
もし、2人があのまま結婚したとしても、たぶんうまくいかなかっただろう。
彼は私が家庭へ入ることを強く望み、私は外に出ることを強く望んでいた。どちらがいい悪いではなく、思い描くスタイルが違うのだ。
今となっては濃厚な思い出はあっても、未練は1ミリもない。そして、今後も彼との未来はない。
たまの電話くらい、声を聞くくらい、とも思ったが、未練がなくても声を聞いた後に襲ってくる、時間の残酷さや切なさを感じるのはもういらない。
そう思ってから、電話に出ることを辞めた。
あなたが、この先も、大事にしたい人はいるならば、その声を聞けることはとても幸せだと思う。
大切な人があなたの名前を呼んでくれる日常は、優しくあってほしい。
そして相手の名前を呼べる喜びも感じてほしい。
声を聞くだけで安心するような、そんな思いや関係が続きますように。
――あなた今、誰の声を思いますか?
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