【ふかわりょう】unforgettable blue
●ふかわりょうの連載エッセイ「プリズム」10
unforgettable blue
「なら、これはどうですか?」
そういって画材屋の主人が渡してきたのは、聞いたことのない名前の絵の具でした。
「アンフォゲッタブル・ブルー?」
「誰しも、忘れられない青がありますから」
「忘れらない、青……」
* * *
初めての海外一人旅。ママス&パパスの「夢のカリフォルニア」に誘われてカリフォルニアへ訪れた20歳の夏。僕にとって初めてのアメリカは、想像通りと予想以上のアメリカがありました。
誰もが『地球の歩き方』に頼っていた時代。飛行機の窓からのぞむ銀色に輝くアメリカン・エアラインの機体。黒人や白人だらけの空港。やばいとこに来てしまったという不安を、高揚感が次々に潰していきます。
ゴールデン・ゲートブリッジやフィッシャーマンズ・ワーフ。それ以外は、観光名所を訪れるわけでもなく、地名の響きやイメージで行き先を選ぶ一人旅。ヨセミテ国立公園やグランドキャニオンよりも、カリフォルニアの日常を感じたい。グレイハウンド・バスやアムトラックという長距離鉄道に揺られてたどり着く、サンフランシスコ郊外。コンコード、サンノゼ、サンタクルーズ。雑貨屋に立ち寄ったり、公園やレストランに入ったり。そこかしこにアメリカがありました。そして訪れたモントレーは、ジャズ・フェスティバルが開催される場所としても知られる港街。自転車で駆け抜ける海岸線は、海の青と空の青。カリフォルニアの青を全身で浴びていました。
「オニオンリングとレモネード」
芝生の広場では地元のフェスティバルのようなものが開催されています。小さなステージで演奏するバンド。太ったおばちゃんとおじさんがまばらに踊っていて。バカでかいレモネードを片手に、映画で観たような光景を眺めながら口にする、オニオンリング。輪で切り取ったカリフォルニアの青に筆をつけて、キャンバスいっぱいに描こう。
* * *
「ただ、一度使ったら、他のものには使えないので、気をつけてくださいね」
主人の言葉に、僕は手にした絵の具を戻しました。
「これから先、あの青を超える青に出会うかもしれませんから」
すると主人は笑って言います。
「みんなそう言って、全然売れないんですよ、この絵の具。あの頃出会った青を超える色なんて、なかなかないと思うんですけどね」
店を出ると、ほんの少し、秋の匂いがしました。
タイトル写真:坂脇卓也
