シンガー TiA(31歳)

歌うことが私なんだと、ニューヨークに教えてもらった。

シンガー TiA(31歳) 16歳でプロの歌手になるが、気がつくと初心を忘れ、自分を見失っていた。歌うことをやめるために訪れたニューヨークだったが、そこで、忘れていた、歌う楽しさを思い出す。今は歌手としても女性としても自信を取り戻しつつあるという。

 歌手になったきっかけを聞かれると、「生まれたときから」って言っています。母も兄もプロではないけれどいつも演歌を歌っていたし、父はカラオケ店を経営していたので、私は歌手になるものだと思っていました。それ以外の生き方を考えたことはなかった。

10周年を迎えたとき、歌をやめようと思ったんです。

メジャーデビューは16歳。でも、10周年を迎えたとき、歌をやめようと思ったんです。その頃はJポップばかり歌っていました。昔からブラックミュージックが好きだったんですが、歌う機会はなく、売れなくてはいけないという気持ちがつきまとって、自分が何を歌いたいのか、何を伝えればいいのかわからなくなってしまったんです。

 ほんとうに自分がやりたいことと現実とのズレがいろいろ出てきて、初心を忘れていつの間にか大人になってしまった……。自分らしさを失ってしまったと思いました。でも、じゃあ自分らしさって何だろう?どっちに向かって行ったらいいんだろう? もうわからなくなってしまった。

 歌をやめることは、私にとっては息を止めるようなもの。日本にはいられない、どこかに行きたい。留学という名目で長期間日本を離れようと思いました。スペイン、ブラジル、ニューヨーク……。いろいろパンフレットを見て、たまたま選んだのがニューヨークでした。

 歌わないと決めていたのに、ニューヨークに来てみると、ここはエンターテイメントの街で、みんなが音楽を奏でていました。それで、歌いたい気持ちが湧いてきてオープンマイク(ライブハウスなどで行われる、飛び入り参加して歌えるイベント)に行くと、まるで何かが弾けたように、デビューする前の子供の頃の気持ちにもどったんです。ただただ歌うのが楽しくて……。

歌うことが私なんだということを、教えてもらった。

 大会にもたくさん出ました。でも、それは優勝するためじゃなくて、自分という人間をたたき直したかったから。ニューヨークでゼロから、女性として、人間として、どういう成長ができるか試したかった。それに、ほんとうに歌っているのが楽しかったんです。生きる意味を、私は歌わないと生きていけないんだな、歌うことが私なんだということを、教えてもらった感じです。

 ハーレムに引っ越したら、たまたま近くに小さなチャーチがあってゴスペルが聞こえてきました。これがゴスペルなんだ! でも、みんな祈る気持ちで歌っているので、軽い気持ちで足を踏み入れてはいけないと……。

 あるとき、日本で飼っていた愛犬が死んだんです。息子のように可愛がっていたので、あまりのショックにご飯が食べられなくなってしまうほど。どうしていいかわからなくなってチャーチに行くと、牧師さんが「うちのチャーチで歌わないか」と誘ってくれました。

 チャーチで歌うのは初めて。涙が止まらなくて、体が震えて……。子どもの頃、お母さんに「大人になって、いろんな挫折もして、切望的な気持ちにもなって。そんなときの方がいい歌が歌えるよ」って言われましたが、子どもの頃は何も経験していないから、言葉の意味もわからずに歌っていました。それが、このとき、ゴスペルの魂の歌というか、祈りの歌がわーっと私の魂に届いた。救われたんですよね。

 私には自分にしかない歌声がある。それはギフトだと思っています。ほかの人の真似をしても同じようにはできないし、人の真似をすることは一番届かない。私は私のゴスペルを歌う、それでいいんだ。

だれとも遊ばないし、歌しか歌わない、みたいな生活。でも楽しい!

 今の生活は貯金でやりくりしています。みんなが引くくらい切り詰めた生活をしていますよ。飲みにも行きませんし、「今は誘わないでください」というオーラを出しています(笑)。セントラルパークでピクニックならいいけど、みたいな。だれとも遊ばないし、歌しか歌わない、みたいな生活です。でも、楽しい!

 以前は、女性として見て欲しい、可愛くなりたい。そう思っていたこともありました。歌手としても、女性としても、揺れてる自分がいたんですよね。日本にいたときは、こうしたらモテるとか、きれいになれるとか、こんなファッションじゃなきゃとか、そういうことを気にしすぎていた。でも、今は、かわいいともきれいとも思われなくて、別にいい。

20代後半でいろいろ失ったんです。ニューヨークにいる間に、兄に私の持ち物、ブランドもののバッグとか、全部売られちゃった(笑)。悪いヤツです。でも、そのときにわかった。いろいろなものを一度全部なしにしたほうがいいやって。ブランドものとか、今の私には必要ない。安かろうがなんだろうが、ほんとうに好きなものを着て、何ひとつ見栄を張ることもなく、スッキリしています。

 あの頃の自分には自信がなかった。今はいろんなことを乗り越えて来たから、少し自信がついて、何を着ていても何を持っていても、私はこれよ、って言えるようになった感じですね。

ニューヨークにて

ライター。東京での雑誌などの取材・インタビュー・原稿執筆などの仕事を経て、2000年に仕事と生活の場をニューヨークに移す。