今の自分か、過去の自分。どちらかが読みたいと思う本を作る
●池田るり子さんが手がけたおもな本
- 右上『一歩を越える勇気』(栗城史多さん/10万部)
- 左上『あなたは半年前に食べたものでできている』(村山彩さん/10万部)
- 右下『コーヒーが冷めないうちに』(川口俊和さん/69万部)
- 左上『この嘘がばれないうちに』(川口俊和さん/18万部)
「誰かのため」に本を作るのはやめた
――池田さんは、新人著者さんの書籍を次々ベストセラーにされていますよね。しかもジャンルも様々。
池田さん(以下、池田) 編集者として最初に担当したのが、登山家の故・栗城史多さんの書籍です。この本は、私の個人的な悩みが出発点になっています。
というのも、この本を企画した10年前は「自分探し」がブームで、世の中には「自分の夢をみつけ、やりたいことをやりなさい」というメッセージがあふれていました。でも私は、そういう言葉を聞くたびにどこか苦しい思いをしていたんです。「自分がやりたいことって何だろう……」と。そんな時に、栗城さんの講演を聞きました。
栗城さんは、自分が生まれてきた意味や使命をはっきり語れる人でした。彼が、自分の本心をここまで迷いなく伝えられる理由はなんだろう。それを知りたい。そう思って企画したのがこの本でした。
――最初に担当した書籍がヒット作になるのは、すごいことですよね。
でもその後3年ほど、担当本がなかなか売れない時期が続いて悩みました。
転機になったのは、村山彩さんと作った『あなたは半年前に食べたものでできている』です。
この本は食欲コントロールをテーマにしたのですが、きっかけは打ち合わせの時に出てきた「モデルがよく『私、何の努力もしてないんですよ』って言うけれど、あれ、信じちゃダメだよね!」という言葉でした。私、その言葉にものすごく救われたんですよね。なぜなら「どうしてみんなは何の努力もしなくても痩せているのに、私は食べたぶんだけ太ってしまうのだろう」と辛かった過去があったから。村山さんの言葉を聞いた瞬間、この本は20代の時に悩みに悩んだ過去の自分のような人たちに向かって作ろうと思ったんです。
それまでの私は「きっとこれを読みたい読者がいるはず」と、想像で本作りをしていたんです。読者は何歳でどんな場所に住んでいて、こんなライフスタイルで……とペルソナまで考えたりして。でも顔の見えない「誰か」に向かって本を作っていた時は、多くの人に届かなかった。
一方で栗城さんや村山さんの書籍は、自分が読みたい本だから迷いがありませんでした。このことに気づいてからは、他人の物差しで仕事を進めるのはやめよう。「今の自分」か「過去の自分」、どちらかが読みたい本を作ろうと思うようになりました。
1にモチベーション、2にマーケティング
――小説『コーヒーが冷めないうちに』は、同名の舞台を観た池田さんが感動して、その場で脚本家の川口さんに執筆を依頼したそうですね。企画会議を通さなくても、執筆依頼できるものなのですか?
池田 実はサンマーク出版には、1年に1冊、編集者が出したい本を出せる枠があるんです。万が一企画会議が通らなかったとしても、その枠で作ろうと思っていました。
会議では、その本を必要とする読者がどれくらいいるかといったマーケティングが重視されます。だからこそサンマークにはヒット本が多いと言われます。
でも、順番は必ず、1に編集者のモチベーションで、2に読者のマーケティング。編集者にモチベーションがないことは、どんなに市場があってもやらないのがサンマーク流です。
『コーヒーが冷めないうちに』は、私にとっても川口さんにとっても初の小説だったので、確かに無謀な挑戦だったかもしれません。でも、
・いつか小説を編集したいと思っていた
・舞台を観ている間じゅう泣きっぱなしというくらい感動した
という私自身のモチベーションに加えて、
・タイムスリップものには人気がある
・「泣ける」本には需要がある
というマーケットもあったので、勝機はあるかも……と密かに思っていました。
とはいえ、小説家のデビュー作は、売るのが難しいことも分かっていました。話題を作らないと絶対に書店で目立つ場所に置いてもらえないと思ったので、とにかく目立つ販促物をつくりました。営業さんに、一店ずつ、その販促物の写真を見せて話をしてもらい、平積みしていただける書店さんには、無料でその販促物をプレゼントしました。
そのおかげで最初から、ほとんどすべての書店で平積みをしていただけて、目に止めてもらうことができました。
たくさんの人と喜びを分かち合えた方がいい
―― 『コーヒーが冷めないうちに』の営業さんの話もそうですが、池田さんは、周囲の人を巻き込む力が強くて、たくさんの人に応援されていると感じます。
池田 とんでもない。私が自分で何もできないから、いろんな人に頼っているだけなんです。
意識しているのは、人に相談する時は、「本当に迷っている時」だけにすること。自分の中で答えがはっきり決まっている時は、相談しない。結論は決めているけれどアドバイスだけほしいという時は、「Aに決めたいんだけど、背中を押してほしくて」と、正直に言います(笑)。
全部自分でできる天才編集者というのもカッコいいけれど、チーム戦で戦えば、たくさんの人と喜びを分かち合えます。
例えば『コーヒーが冷めないうちに』は、カバーの色を出すのが大変で、制作部にずいぶん頑張ってもらいました。新聞広告で大きな話題を作ってくれたのはマーケティング部、目立つパネルを展開して売り歩いてくれたのは営業部……と、たくさんの人の力を借りています。そういう本は、みんなが「あの本は、ウチの子」と思ってくれている。売れた時に、「あれ、私のおかげで売れたんだよね」と思う人が多い本は、素敵だなと感じます。
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【さとゆみのつぶやき】
「自分が読みたい本を作る」という池田さん。この春、お子さんを出産され、復帰後の最新作は児童書です。池田さんもプロデュースに関わる大人気キャラクター「ぺんた君」が活躍する『世界一おもしろいペンギンのひみつ』は7月26日発売。なぜ、出版社がキャラクターを作るの? といった話は、またゆっくり聞かせてください!
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