本という贅沢。11

変えられるのは未来だけではない。過去も変えられる。

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。6月のテーマは「恋愛」。ミレニアル世代におすすめの一冊を、書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんが紹介します。

●本という贅沢。11

『マチネの終わりに』 (平野啓一郎/毎日新聞出版)

本を読んだ後、ページを閉じて顔を上げたら世界ががらっと変わって見えたという経験はありますか?

私にとっては、『マチネの終わりに』が、それにあたります。

単行本発売時には
「結婚した相手は、人生最愛の人ですか?」
「恋の仕方を忘れた大人に贈る恋愛小説」
といった帯が目立ったので、「大人の恋愛」に注目が集まっていましたが、この本を読んだ人たち(ある読書会の課題図書だったので15人ほどで感想を話し合いました)が口を揃えて印象的だったと言ったのは、

「過去は変えることができる」
という、メッセージでした。

よく、「過去は変えられないけれど、未来は自分で変えることができる」という言葉を聞きます。
耳に心地よい言葉だし、なんか前向きっぽいし、うっかり「そうそう」と、鵜呑みにしそうになる。

でも、この本を読んだ後には、過去はそんなに堅固なものではないということに気づきます。たったひとつ新しい事実を知るだけで、過去は全く変わってしまうこともある。

例えば、彼の優しさだと思っていた言葉を、浮気発覚後には、「あれは後ろめたさを隠すための言葉だったんだ」と認識するようになったり
例えば、子供時代に何をやってもかなわなかったライバルの存在が疎ましかったけれど、自分が成功者として取材されるようになったら、ライバルの存在が自分を育ててくれたと感じるようになったり。

これらは、現在から振り返って過去が変わった例。

逆に言うと、彼の浮気を知らなければずっと優しい人だと思い続けているかもしれないし、納得のいく人生を過ごせていなければ今でもそのライバルを疎ましく思い続けているかもしれません。

「過去」はいつでも「現在」から逆算した矢印の先にある。
だから「現在」が変われば「過去」も変わる。これは、指摘されれば納得できるけれど、言われるまでは気づかなかったこと。

「過去は変えることができる」と知ることは、人生における“革命”だと感じます。
なぜなら、「変えることができない(と思い込んでいる)過去」に苦しんでいる人はたくさんいるから。
そして、過去が変わると、そこから現在を通って矢印を引いた先にある未来が変わっていくから。

皆さんもぜひ、この物語の登場人物と一緒に、過去がドラマティックに180度反転する瞬間に立ち会ってみてください。その瞬間を経験すると(しかも何度も!)「過去は変えられる」ことに、自覚的になっていくと思います。

この本を最後まで読んでページを閉じた瞬間、皆さんの住む世界もがらっと変わって見えるかもしれないですよ。

  • この『マチネの終わりに』 で「過去は変えることができる」という革命的な発見に震えた人は、ぜひ同じ作者の『空白を満たしなさい』をどうぞ! こちらでは「たった一人の“本当の自分”などというものは存在しない。あの自分もこの自分も、全て自分なのだ」という発見に震えることができます。

続きの記事<around30。それはあらゆる女子の棚卸しタイム>はこちら

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。