太田彩子の「キャリアを上って、山に登る」

不安定でへし折られることはたくさんある。それでも起業は面白い

「こんなに頑張って働いて、何の意味があるんだろう」。ふと頭をよぎるこんな疑問。尽きることのない悩みや不安のその先には、何があるのでしょうか。

●太田彩子の「キャリアを上って、山に登る」04

 今年42歳になる先輩女性、太田彩子さんは、まさに“バリキャリ”な女性でした。21歳で出産して以来、子育てをしながら仕事に取り組み、リクルートのトップセールスとして活躍後、株式会社ベレフェクトを起業し、日本最大級の営業女性コミュニティ「営業部女子課」を主宰。ほかにも社外取締役など多岐に渡る活動をしています。ここ数年は海外遠征をするほど本格的に登山に取り組み、昨年には心理学を研究するために筑波大学大学院に入学しました。

 そんな彼女に、これまでを振り返ってもらう本連載、太田彩子さんの「キャリアを上って、山に登る」。第4回目は、「女性の起業」について伺います。

心のどこかにずっと引っかかっていた、叔母の言葉

「女性が表に立つ時代が絶対に来る。大きな歯車のひとつではなく、自分で地に足をつけて商売を始めなさい」
 20歳くらいの頃、経営者としてバリバリ働いていた親戚の女性に言われた言葉です。父はサラリーマンで、母は専業主婦の家庭で育ったから、その時は正直、よく分からなかった。
 でも、心のどこかにずっと引っかかっていたんですよね。リクルートで営業をしていたときの主なクライアントは、中小企業の経営者。独立した理由や経営の醍醐味を聞くうちにインスパイアされて、徐々にその女性の話が繋がっていきました。

 そんな時期に読んでいた本に「目標を決めたら、実行する日付を決めなさい」と書いてあったから、30歳になる前の手帳の日付にシールを貼りました。また別の本には、「起業する前に今の仕事で圧倒的な結果を残せ」とあって、「3回表彰される」って目標を立てたりもしましたね。

 3回目の表彰で「もう悔いはない」と、独立のために退職。人の成長を応援したいと思って、29歳で独立、人材育成会社のベレフェクトを30歳で立ち上げました。

起業して考え方が変わったことは、数えきれないほどある

 会社を起こすこと自体は、誰でもできます。実感したのは、継続する難しさでした。最初からお客さまが安定的に付くはずもなく、今から思うとビジネスモデルも不安定。営業経験だけではダメで、売る手前の計画力や戦略力、先見力、交渉力など、足りないところがたくさんありました。勢いだけでは自滅するということを知って、最初の頃は暗中模索の日々でしたね。

 起業して考え方が変わったことは、数えきれないほどあります。まずは、健康について。自分の会社だから代わりがいないし、体が健康じゃないと、いい思考にならないんですよね。たとえばお酒は好きだけど、翌日に支障が出るので毎日は飲みません。外食も週3回以内と決めていて、登山やジムトレーニング、筋トレといった運動もする。
 次に、感謝。シンプルですけど、「ありがたい」の一言に尽きます。お客さまも、スタッフも、まわりにいる皆さんも、こういう取材の機会をいただくことも、全部がありがたいです。星の数ほどある事業会社やサービスの中から、当社を選んでいただいていること。無数の会社から、それでもうちに依頼をしてくださる。だったら絶対に後悔させないように、一生懸命やろうと思いますし、期待に応えるために何ができるのか、常に考えるようになりました。
 そのために必要なのは、自社や自分自身のアップデートです。自分が学習するための投資は惜しまずに行う。今も大学院に行っていますが、常に自分に足りないものを考えて、時間もお金もかけて学ぶ重要性を感じています。さまざまなセミナーや海外プログラムにも参加したけれど、一番投資をしたのは本。プロの知見が1冊の本から学べるので、費用対効果が大きいからです。

女性の起業は、自分らしく働くための選択肢の一つ

 一方で、起業は不安定です。毎月定期的に給料が振り込まれるわけではないですし、スタッフを雇用するなら養わなきゃいけないプレッシャーもある。組織に所属していると上司はいるけど、独立すると自分の上に立ち叱ってくれる人もいない。

 それでも起業して面白いなと思うのは、自分たちが行った行動に対してフィードバックが明確だということです。
 私が2006年に会社を立ち上げた時、最初は全然ダメだったんですよ。女性の活躍や働き方改革なんて話題にもならないことが多い時期で、女性は出産を機に辞めるという考えが強くあり、女性育成に投資するニーズは多くありませんでした。でも淡々と事業をやり続けていると、社会が変わってきたんです。ある大手企業が女性の営業育成を始めると記事が新聞に掲載され、私はその会社に手紙を書き、なんと仕事をいただけるようになりました。確実な実績ができて、事業が軌道に乗り始めたんです。

 そのときにわかったこと。はじめは実績がなくても、ニーズを創りだして訴え続け、しっかり仕事をすればリピートもいただけることです。自分や自社がやっていることが受け入れられれば、仕事として発展し、最終的には対価としてお金もいただける。もちろんマイナスのフィードバックもたくさんありますが、それもまた「より良い事業サービスへの発展」を考えることにつながって、弱点や改善点が見つかる。そんなことがダイレクトに分かることは、起業の一番の醍醐味ですね。

 起業の動機を周りの女性起業家に聞いてみたら、「自由に働きたいから」という人が多いんですよ。子育てで時間に制約があるから起業をしたって人もいますし、働く場所や時間を自分で選べることは、やはり大きな利点です。20年前に親戚の女性が言っていたことを痛感しますね。女性の起業は、自分らしく働くための、一つの選択肢だと思います。

リクルートの営業職として活躍後、2006年株式会社ベレフェクト設立。2009年より、日本最大級の営業女性コミュニティ「営業部女子課」を主宰。専門は働く女性や女性営業職の人材育成・キャリア開発。
2009年に株式会社キャリアデザインセンターに入社。求人広告営業、派遣コーディネーターを経て、働く女性向けウェブマガジンの編集として勤務。約7年同社に勤めたのち、会社を辞めてセブ島、オーストラリアへ。帰国後はフリーランスの編集・ライターとして活動中。主なテーマは、「働く」と「女性」。
1986年週刊朝日グラビア専属カメラマン。1989年フリーランスに。2000年から7年間、作家五木寛之氏の旅に同行した。2017年「歩きながら撮りながら写真のこと語ろう会」WS主催。