熱烈鑑賞Netflix

Netflix『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』「自閉症の人として見られる」新人弁護士の葛藤

Netflixで配信中の大人気韓国ドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』は、自閉スペクトラム症の新人弁護士ウ・ヨンウ(パク・ウンビン)の成長を描く作品。韓国の社会問題にも切り込む法廷ドラマを、韓国留学も経験したライター・むらたえりかが考察します。
篠原涼子×岩田剛典『金魚妻』華やかなタワマンに閉じ込められた女性たちの解放 佐久間宣行のお笑い愛 『トークサバイバー!〜トークが面白いと生き残れるドラマ〜』がバラエティを拡張する

●熱烈鑑賞Netflix 114

求められているのは自分の記憶力?

6月29日から韓国のケーブルテレビ局「ENAチャンネル」で放送がスタートしたドラマ『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』が、Netflixでも配信中だ。見たものをそのまま記憶できる天才的な頭脳を持つ自閉スペクトラム症の新人弁護士ウ・ヨンウ(パク・ウンビン)が、さまざまな事件の弁護を通して、弁護士として、ひとりの人間として成長していく。

子どもの頃に発話が遅かったヨンウが初めてしゃべった言葉は、パパでもママでもなく「傷害罪」だった。父親ビョンホ(チョン・ベス)の部屋にある法律の書籍を読み込み、それをすべて暗記していたのだ。

当時住んでいた家の大家の妻・ヨンナンは、ビョンホとともに発話を喜び、ヨンウに「弁護士になったらいいわ」と言う。その言葉のとおり、ヨンウはロースクールを首席で卒業し、韓国で一、二を争う大手の法律事務所・ハンバダへの就職が叶った。

ヨンウが所属したのは、シニア弁護士のチョン・ミョンソク(カン・ギヨン)が束ねるチーム。チョン弁護士チームにはヨンウの他に、ヨンウのロースクール時代の同期であるチェ・スヨン(ハ・ユンギョン)、同期入社でのちにライバルとなるクォン・ミヌ(チュ・ジョンヒョク)、そしてイケメン職員のイ・ジュノ(カン・テオ)が所属している。

「私の名前は“英祐(ヨンウ)”と書きます。意味は“花のように美しい福の子”。でも賢く愚かな“怜愚(ヨンウ)”のほうが私に合うのでは」

弁護士として仕事をしていても「自閉症の人として見られる」ことに、ヨンウは葛藤する。求められているのは自分の記憶力であり、自分自身には価値がないと悩む場面もある。そんなヨンウを支えるのは、父親や学生時代からの唯一の友人トン・グラミ(チュ・ヒョニョン)。そして、チームのジュノだ。

現場検証をするヨンウとそれを手伝うジュノ/Netflix シリーズ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」全世界独占配信中

ドラマで学べる韓国の文化や社会問題

扱う事件のひとつひとつは個人的かつ韓国の文化とその問題に基づいたものだ。

第1話では、長年連れ添ってきた夫への殺人未遂の疑いで妻が訴えられる。警察からの追及で妻が「殺そうとした」と言ってしまったことによって、夫の怪我の状態や持病などが考慮されずに裁判が進んでいく。証拠よりも自白が優先されてしまうことや、夫婦の間で妻が弱い立場であることが見過ごされている問題が浮かび上がってくる。

第2話では、韓国の宗教観や「父親」の存在の強さ、そして同性愛などの問題が「脱げたウエディングドレス」から引き出されていく。新郎のジヌク、新婦のファヨンは、お互いに関心がないのに家長同士に結婚の話を進められてしまう。結婚式でファヨンのドレスが脱げてしまい、彼女の背中には観音菩薩の入れ墨があると明らかになる。そこから、家長の意思に背くことの難しさや、宗教、同性愛についてまだまだオープンにしづらい社会が見えてくる。

そして、シーズン序盤でヨンウが最も苦戦したのは第3話、自閉症の被告人の弁護ではないだろうか。被告人である21歳のジョンフンは、精神年齢が6~10歳程度と診断されている。彼は、優秀な兄のサンフンを殺したと疑われる。自分の両親と会話することすら困難なジョンフン。しかし、「同じ自閉症だから、気持ちがわかるだろう」という理由で、ヨンウが彼の弁護を担当することになってしまう。

自閉スペクトラム症を抱える主人公というと、「サヴァン症候群」と言われる「発達障害、知的障害を持ちながら、ある特定の分野に突出した能力を発揮する人物」を思い出す。例えば、韓国ドラマ『グッド・ドクター』(2013年)は、自閉症でサヴァン症候群の医師が主人公だった。日本のドラマでは、『ATARU』(2012年 TBS系)で中居正広がサヴァン症候群の青年を演じ、警察とともに事件を解決していった。

本作でも、ヨンウは天才的な記憶力を持つ主人公。作中では言及されないがサヴァン症候群なのかもしれない。そんな彼女の前に、会話もままならないジョンフンが登場する。「自閉症といっても症状はさまざま」とヨンウが言うように、被告人・ジョンフンの証言が得られず弁護は難航する。

ヨンウを演じるパク・ウンビンはドラマ『太王四神記』『恋慕』にも出演/Netflix シリーズ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」全世界独占配信中

サヴァン症候群の人物は主人公として魅力的だが

それぞれ特性の違うヨンウとジョンフンを、周囲の人びとは同じ括りで見てしまう。ジョンフンと比べれば、ヨンウは賢くて他者と会話することができる。それでも、相手の目を見て話せなかったり、TPOがわからなかったり、ウソや冗談を見抜けなかったり、回転ドアを通れなかったりと、仕事だけでなく生活上の困難も多い。それを煩わしいと思う同僚もいる。

「80年前は、自閉症は生きる価値がなかった」と、ヨンウは言う。彼女は、自分とジョンフンは同じ自閉症だが、それぞれの特性は異なると理解している。それでも80年前のナチス政権下であれば、ふたりとも生きる価値がない子どもとして殺されていたかもしれないと、ヨンウは考えている。

まだジョンフンが兄を殺したと決まったわけではない。それでも、それを報じるネットニュースのコメント欄には「どうせ責任能力なしと判断される」「自閉症は殺人免許」など心無い言葉が並ぶ。ジョンフン本人は見ないかもしれない。けれど、その言葉はヨンウの心に突き刺さる。

また、自閉スペクトラム症の子を育てる親の苦悩も描かれていた。どうにかジョンフンを助けたい母親の言葉に、彼は応じることができない。ヨンウもまた、幼い頃におもちゃを踏んで痛がる父親を無視して、ブロック並べに熱中していたことがあった。つらくて涙が出ても、自閉スペクトラム症の子どもには、わかりやすく親をなぐさめることが難しい。それを「さみしい」とヨンウの父親はこぼす。

結果的に、ヨンウはある理由でジョンフンの弁護人を外され、弁護士を辞めようと考えるまでに自分を責める。記憶力や芸術的能力などの特別な力を持つサヴァン症候群の人物は、物語の主人公として魅力的だ。しかし、ジョンフンの母親は「多くの自閉症患者はジョンフンみたいでしょう」と言う。天才的なヨンウを主人公に据えたドラマにジョンフンを登場させたことは、物語をつくる側が自閉スペクトラム症や社会に対して誠実で自省的であると感じる。

日本ではこの夏、発達障害を持つ妻を主人公としたドラマ『僕の大好きな妻!』(フジテレビ系)が放送されていた(7月23日放送終了)。百田夏菜子が演じる知花は、ヨンウのような特別な能力はなく、大好きな夫と日々を幸せに生きようとしていく、明るくほのぼのとした主人公。「普通に生きていくことを諦めたくないんです」という知花の言葉からは、障害があっても、特殊な力を持っていなくても、毎日を懸命に生きていく彼女の強さを感じた。

第3話の最後に、ジョンフンはただじっと窓の外を見つめていた。特別な存在じゃなくても、世間の目は冷たくても、ジョンフンの人生は続いていく。そんな意味を含ませているようだった。

ジョンフンとの会話を試みるヨンウ/Netflix シリーズ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」全世界独占配信中

クジラを通した心の通い合い

このドラマとヨンウに欠かせないのが「クジラ」の存在だ。ヨンウはクジラが大好きで、隙があればすぐにクジラの話をはじめようとしてしまうほど。仕事のときはクジラの話は禁止だと父親に言われる。でも、職員のジュノだけは「ふたりのときはクジラの話をしてもいいことにしよう」と言ってくれる。

ヨンウが解決のアイデアをひらめいたときには、彼女の頭のなかにクジラやイルカが海を泳ぐ光景が広がる。そのクジラやイルカの種類はさまざまだ。第4話で3人兄弟の相続の問題を扱ったときには、「裁判で済州島の海に帰されることになった3頭のイルカ」が登場していた。ときに、法律は動物の命も守ってくれる。ヨンウが法律に惹かれる理由も、そこに関係があるのではないだろうか。

また、ジョンフンの事件で「自分は弁護士として役に立てない」と思うヨンウを、ジュノが事務所の大会議室に連れて行った。「見せたいものがある」と言うジュノ。大会議室にあったのは、大きなクジラの絵だった。

自分だけの世界に入ってしまいがちな特性を持つヨンウ。自分の世界にたくさんいるクジラが、弁護士事務所の中にもいた。「ここにあなたの居場所がある」と言葉にすることなく、ジュノがクジラの絵でそれを伝えた。ヨンウに歩み寄り心を通わせたい思いを描いた、美しいシーンである。

ところで、『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』は、韓国語タイトルを直訳すると『変わった/奇妙な弁護士ウ・ヨンウ』、英語版のタイトルは『規格外の/風変わりなウ弁護士』となる。「変わった」とか「風変わりな」という言葉を、日本語版では「天才肌」に変えたことは、このドラマが伝えようとした自閉スペクトラム症のリアルからややズレているように感じてしまう。

本作は全16話、7月28日現在は第10話までNetflixで配信されている。各話で扱われる社会や法律の問題はもちろん、大手法律事務所同士の対立や、近づいていくヨンウとジュノの距離など、まだまだ展開の気になる話が続く。次回、第11話の配信は8月3日の予定だ。

ジュノがはじめからヨンウに偏見なく接する理由も気になるところ/Netflix シリーズ「ウ・ヨンウ弁護士は天才肌」全世界独占配信中

篠原涼子×岩田剛典『金魚妻』華やかなタワマンに閉じ込められた女性たちの解放 佐久間宣行のお笑い愛 『トークサバイバー!〜トークが面白いと生き残れるドラマ〜』がバラエティを拡張する
ライター・編集者。エキレビ!などでドラマ・写真集レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。性とおじさんと手ごねパンに興味があります。宮城県生まれ。
熱烈鑑賞Netflix