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Netflix『椿の花咲く頃』ヨンシクは「きみを守る」から「きみを尊重する」に進化した理想の男性像

世界最大の動画配信サービス、Netflix。自他共に認めるNetflix大好きライターが膨大な作品のなかから今すぐみるべき、ドラマ、映画、リアリティショーを厳選します。今回おすすめするのは、2019年に放送された韓国恋愛ドラマ『椿の花咲く頃』。ここ最近も『イカゲーム』『地獄が呼んでいる』などますます注目を集める韓国ドラマ。派手でケレン味たっぷりな印象のそれらの作品とは毛色が違うけれど、「男らしさ」のあり方など、新時代のジェンダー観と真摯に向き合う恋愛ドラマの傑作です。1年の締めくくりに観て、優しい愛に包まれてほしい。
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主人公は昔の恋の傷と重大な過去を背負うシングルマザー

「きみを守りたい」。男性が歌うそんな歌詞にときめく時代もあったけれど、30代になってからは、いったい何から守るというの? むしろあなたに傷つけられているのですが? という疑問や不信感が止まらなくなった。そんな気持ちに悶々と悩んでいた頃にとても惹かれたのが、Netflixシリーズドラマ『椿の花咲く頃』だった。

『椿の花咲く頃』は、2019年放送の韓国ドラマだ。主人公であるシングルマザーのドンベク(コン・ヒョジン)が、一人息子のピルグ(キム・ガンフン)を連れて小さな田舎町・オンサンに引っ越してくる。母一人子一人で、いかにも訳アリといったドンベクに、町の住人たちは興味津々。小さな居酒屋(スナック)「カメリア」を開いたドンベクに、住民たちはやっかみや偏見の目を向ける。新しい町での生活は、前途多難だった。

そんなとき、町内会長・ドクスン(コ・ドゥシム)の息子・ヨンシク(カン・ハヌル)が警察官として町に帰ってくる。方言が強くて田舎のお兄ちゃんといった風情のヨンシクは、町に現れたドンベクに一目惚れ。シングルマザーで困りごとも多い彼女の助けになろうと、日々様子をうかがっている。

しかし、過去に心に傷を負うような恋をしてきたドンベクは、ヨンシクの気持ちをなかなか受け取ることができない。ときには迷惑に感じ拒否してしまうこともある。素直でまっすぐなヨンシクは、そのたびに落ち込んだり悩んだりして、なんとかドンベクに心を開いてもらえないかと考え努力していく。

警察官と、頼るひとのいないシングルマザー。この設定だけを見たときには、警察官が守りシングルマザーが守られる、そんなラブロマンスを想像した。ヨンシクにもドンベクを守りたいという気持ちがあったはずだ。けれどこの作品は、「きみを守りたい」の一筋縄ではいかない。

ドンベクは昔の恋愛による心の傷のほかに、「ある殺人事件の目撃者」という重大な過去を背負っていたのだ。

息子のピルグとともに田舎町に引っ越してきた未婚の母・ドンベク(コン・ヒョジン)/Netflixシリーズ『椿の花咲く頃』独占配信中

「きみを守りたい」男性の前に、守られたくない女性が現れたら?

過去の恋愛で、自尊心や自己肯定感がボロボロになった経験のあるひともいるだろう。わたしもそのひとりだ。そして、ドンベクもそうだった。

若い頃、ドンベクは有名なプロ野球選手のジョンリョル(キム・ジソク)と交際していた。息子のピルグは、ジョンリョルとの間にできたこどもだ。

スキャンダルを避けるため、ドンベクは彼と一緒に外を歩くこともできない。いつも家でひとりで彼を待ち、試合の日に球場に駆けつけることもできず、テレビの前で活躍を見守っている。そんな日々も難なく過ごせるひともいるのかもしれない。けれど、ドンベクは自分の存在をないものとして扱われる日々で、すっかり心が摩耗してしまっていた。

そんなときに妊娠が発覚する。狼狽するジョンリョルを見たくない、当然のように中絶を迫られることも苦しい。ドンベクは、ひとりぼっちでジョンリョルのもとを去っていった。

他者からないがしろにされること、存在をないものとされることなどで自尊心を削られてしまう。恋愛関係に限らず、そんな経験を持つひとは少なくないのではないだろうか。ドンベクが球場に行けずにひとりテレビの前で野球観戦をするシーンでは、健気さに涙した。わたし自身も、特に有名人の恋人というわけではないのに「公表されない恋人」として扱われた経験があり、それも相まって胸の苦しくなるシーンである。

そんなジョンリョルの対極にある男性として登場するのがヨンシクだ。慣れない町で奮闘するドンベクを見て、自分がサポートしたい、自分が役に立ちたいと前のめりになって接する。自尊心が低くなっているドンベクが、何の見返りも求めずに優しくしてくるヨンシクに警戒心を抱いてしまうのも、モラルハラスメントなどの被害者あるあるではないだろうか。

また、過去のある殺人事件の目撃者であるドンベクは、まだ見つかっていない殺人犯から狙われていることが徐々に明らかになっていく。そんな事態に、ヨンシクは男として警察官として、ドンベクを守りたいと奮起する。

ここまででは、ヨンシクもまた従来の「きみを守りたい」志向の男性だ。しかし、ドンベクはそんな彼のサポートを拒否したり、忠告を無視したりという行動をやめない。彼に頼りきるということがない。ドンベクもまた、息子のピルグを守るのは自分、家族を守るのは自分だと強い意志を持っているのだ。

警察官のヨンシク(カン・ハヌル)は、その素直さが年下男子という設定にもピッタリと合っている/Netflixシリーズ『椿の花咲く頃』独占配信中

2019年前後は「男性ジェンダー」を見直すドラマ豊作期だった

全20話を通して、ドンベクは自分の意志をほとんど曲げずに生きていく。経営する居酒屋が潰れそうなときも、なんとかしてその場所を守る。他人から見たら明らかに信用しにくい風貌の女性を、誰になんと言われようと雇用し続ける。そして最後には、殺人事件の目撃者という自分の立場にも、自分なりの結末をつくりだしていく。

そんな彼女を見てヨンシクは、徐々に自分が独りよがりであることに気づいていく。彼女は「誰かに守られなければ生きていけないような、社会的立場が低く、弱々しいシングルマザー」ではない。どれだけつらい過去を抱えていようとも、意志と人格を持ってひとりで立ち上がるちからを持つ人間である。

そこで「おれは要らないんだ」と不貞腐れないのが、ヨンシクの素朴で素直な面をよく表している。「きみを守る」という発想の驕りに気づいた彼は、ドンベクの意志を肯定して「きみの味方である」と言葉と態度で示していくように少しずつ変化する。これが、いまの時代に求められている男性像だ。

本作が放送された2019年といえば、日本でもドラマでの男性の描き方に大きな変化が表れた年だ。現在映画が公開中の男性同士の恋愛日常ドラマ『きのう何食べた?』(テレビ東京系)や、時代の変化に伴う男性の苦悩と生き方を捉え直した『東京独身男子』(テレビ朝日系)や『俺の話は長い』(日本テレビ系)。

また、前年の2018年には、従来の「女性がときめく王子様像」に批判的視点を取り入れたLDH主体のドラマ『PRINCE OF LEGEND』(日本テレビ系)シリーズがスタートしている。男性が男性を好きになる『おっさんずラブ』(テレビ朝日系)シーズン1の大ヒットもこの年だ。2018~2019年のドラマでは、日韓ともに「旧来の男性ジェンダー」にメスが入り、捉え直しがおこなわれていた時期だったと言える。

『椿の花咲く頃』は、恋愛と殺人事件によって人生を諦めていたドンベクがヨンシクと出会い、自分の意志と人生を取り戻していく再生の物語だ。それとともに、「守る」ことを仕事にしているヨンシクがドンベクと出会い、これまでの「男らしさ」から新しい「男らしさ」にメタモルフォーゼしていく男性性の捉え直しの物語でもある(メタモルフォーゼが上手くいかずに悩み続けているのがジョンリョルだろう)。

本作は全20話あり、スピード感のある最近のNetflix韓国ドラマと比べると少し長く感じるかもしれないが、もうすぐ年末年始のお休みが待っているというひとも多いだろう。この機会に、サスペンスがありつつも優しい愛に包まれる本作を改めて見てみてほしい。

ドンベクとヨンシク、出会うことで人生が良い方向へ変化していく/Netflixシリーズ『椿の花咲く頃』独占配信中

Netflix『ラブ・ハード』クリスマス直前、マッチングアプリで恋したイケメンが成りすましだったら?
ライター・編集者。エキレビ!などでドラマ・写真集レビュー、インタビュー記事、エッセイなどを執筆。性とおじさんと手ごねパンに興味があります。宮城県生まれ。
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