篠原涼子×岩田剛典『金魚妻』華やかなタワマンに閉じ込められた女性たちの解放
●熱烈鑑賞Netflix109
水槽から出られない妻と金魚
2月14日からNetflixにて配信がスタートしたドラマ『金魚妻』。さまざまな理由や環境から不倫をはじめる6人の妻たちを描く。原作は、累計発行部数300万部を超える黒澤Rの同名漫画だ。
主人公の『金魚妻』である平賀さくら(ひらが・さくら)を演じるのは篠原涼子。東京の下町を見下ろすタワーマンションの最上階で、夫の卓弥(たくや/安藤政信)と暮らしている。もともとはともに美容師だったさくらと卓弥だが、7年前の事故によってさくらはハサミを握れなくなった。卓弥は、そんなさくらをモラルハラスメントとドメスティックバイオレンスで支配し、他の女性と関係を持っても何も言わせないようにして生活をしていた。
ふたりが新しいヘアサロンを開くオープニングイベントの日をきっかけに、さくらは金魚を飼いたいと考えるように。下町の金魚店で「桜琉金」という自分とおなじ「さくら」の名がついた種類の金魚を見つけ、その店をひとりで切り盛りする豊田春斗(とよだ・はると/岩田剛典)と出会う。
夫に支配されて家とサロンに縛りつけられているさくらの状況を、ひとりでは金魚鉢から逃げられない金魚に重ね、物語はさくらが自由になれるまでを追っていく。
「金魚って、たくましいんですよ。金魚鉢から飛び出しても悠々と泳げる力を持ってる」
さくらに秘められた生きる力を、春斗だけが信じていた。
他の妻たちについても、不倫というインモラルな行動を通さなければ家庭の呪縛から逃げられない女性たちの姿を、末廣健一郎らの作り出す美しい音楽と、相馬大輔らが撮影した幻想的な映像が彩っていく。
幸福の象徴・タワーマンションは妻たちの水槽
原作漫画と設定が異なる点のひとつは、登場する妻たちが同じタワーマンションに住んでいることだ。
タワマンの最上階に住むさくらと卓弥。卓弥は、18階に住む「改装妻」という異名の箱崎ゆり葉(はこざき・ゆりは/長谷川京子)と不倫をしている。41階に住む田口慈子(たぐち・ひさこ/松本若菜)は、不倫や浮気の話題が出ると急に頭が痛くなってしまう「頭痛妻」。16階に住む志村優香(しむら・ゆうか/中村静香)は「外注妻」。こどもがほしいのに夫にはぐらかされていることに悩んでいる。同じく16階に住み優香と仲が良い「弁当妻」の保ヶ辺朔子(ほかべ・のりこ/瀬戸さおり)は、夫婦生活を改善させるために夫にある提案をされる。そして、低層階である3階に住む「伴走妻」の真田早矢(さなだ・さや/石井杏奈)は、自分の意思を聞き入れない夫に戸惑い、アルコールに逃げている。
「金魚妻」の名がついているのはさくらだけだが、タワーマンションに住む彼女たちはそこから自由になれないという意味で同じく「金魚妻」だ。物語の終盤に、アートアクアリウムが登場する。大きな水槽がカラフルなライトに照らされ、そのなかで無数の金魚たちが泳ぐ。その美しさを見にひとびとは集まる。しかし、結局はその美しい金魚たちも自由ではない。
タワーマンションでの生活は、外から見れば華やかで憧れの世界かもしれない。そこに住む妻たちはきっと幸せだろうと思い込んで、妬んだり羨んだりしてしまう。しかし、たとえば映画『あのこは貴族』(2021年)では、代々政治家や財閥の一家などの“本当の上流階級”は邸宅に住み、タワマンには住まないことが描かれていた。
多くのひとが実情を知らず、常にひとが入れ替わっていく流動的なタワマンという場所。そこを舞台にしたことで、金魚と妻たちの不自由さや地に足がつかない感じが原作以上に明確にリンクしている。
「金魚の幸せとはなんだろう。それを考えられなくなったとき、金魚は不幸になる」
春斗が言うこのセリフは、「金魚」を「妻」に置き換えると、妻たちの夫ら全員に当てはまる言葉になる。不倫した夫、母親を優先し妻を無視する夫、自分の倒錯した嗜好を妻に押しつける夫、良かれと思って妻の人生を決めつける夫。男性たちはみなタワマンに住むことを「成功」や「幸せ」と捉えているが、妻たちにとっては決してそうではない。
大きなアートアクアリウムに見立てられたタワマンのなかから解き放たれるようにして、不倫により妻たちは自分の意思と自由を手にしていく。
女性を縛る「幸福像」からの脱出を試みた意欲作
不倫によって妻が自由の身になる。そう言葉にすると、不道徳行為である不倫を全肯定しているようだ。
本作の監督には、ドラマ『最高の離婚』(フジ系/2013年)で人生のなかで「結婚」の意味とは何かを探り、『問題のあるレストラン』(フジ系/2015年)では男性優位社会のなかで連帯しそこから抜け出そうとする女性たちを描いた並木道子が名を連ねている。また、脚本を務めているなかで坪田文は、女性のみの劇団「空間ゼリー」を主宰。「女性には共感を、男性には驚嘆を」というコンセプトで活動し、女性の生き方について考え続けてきた脚本家だ。
女性の生き方や権利について真摯な姿勢を見せてきたふたりが筆頭にいるからこそ、このドラマのメッセージは「不倫してもいい」と結論づけられてはいない。妻たちが不倫を経て得た幸せは「タワマンに住んでいる=華やかで素敵」といったわかりやすい幸福像からかけ離れていく。
彼女たちの結末は、傍目から見たら不幸であったり、平凡であったり、あるいは異常であったりもする。しかしそれは、本作で描かれている「タワマンに住む」という男性的視点の成功から抜け出し、ひとりひとりの女性が自分自身の人生を歩む強さを手に入れたということでもある。
日本国内だけでなく香港や台湾などアジア圏でNetflix週間ランキング1位を獲得し、また、社会的に女性が抑圧されている国などでランキング入りしたのは、ただセンセーショナルだからというだけではないだろう。刺激的で話題性のあるシーンや幻想的な映像と音楽の内側に、女性たちへのエンパワーメントと男性たちへの忠告を忍ばせている。そうしたベールをまとわなければ、まだ正面を切って女性が主張できない現状は悔しい。しかし、だからこそこの美しいドラマが生まれた。
『金魚妻』をファーストステップとした、Netflix JAPANでのますますのエンパワーメント作品の輩出に期待するばかりである。
原作:『金魚妻』黒澤R(集英社「グランドジャンプめちゃ」連載)
出演:篠原涼子、岩田剛典、安藤政信、長谷川京子
松本若菜、中村静香、瀬戸さおり、石井杏奈、眞島秀和、藤森慎吾、犬飼貴丈、久保田悠来
監督:並木道子(フジテレビ)/楢木野礼/松山博昭(フジテレビ)
脚本:坪田文/越川美埜子/的場友見
撮影: 相馬大輔
エグゼクティブ・プロデューサー:佐藤菜穂美(Netflix コンテンツ・アクイジション部門 マネージャー)/牧野正(フジテレビ)
プロデューサー:中野利幸(フジテレビ)/浅野澄美(FCC)、小林和紘(FCC)
制作プロダクション:フジクリエイティブコーポレーション
製作:Netflix
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