熱烈鑑賞Netflix

アカデミー賞最有力『パワー・オブ・ザ・ドッグ』カンバーバッチの圧倒的天才性

世界最大の動画配信サービス、Netflix。Netflix大好きライターが膨大な作品のなかから今すぐみるべき、ドラマ、映画、リアリティショーを厳選します。今回おすすめするのは『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。3/28(月)(日本時間)に発表される「第94回アカデミー賞」に監督賞や作品賞などでノミネートされ、世界中の注目を集める大作映画です。
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ジェーン・カンピオン監督、12年ぶりの傑作

アカデミー賞最多の12部門ノミネートで、オスカー大本命の『パワー・オブ・ザ・ドッグ』。監督はジェーン・カンピオン。彼女の代表作は何と言っても『ピアノ・レッスン』だろう。ピアノを使って気持ちを伝える女性と、原住民に同化した男性の激しい恋愛を描いた作品で、第46回カンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞した。女性監督で史上初のパルム・ドールである。そのジェーン・カンピオンが12年ぶりに満を持して作り上げたのが『パワー・オブ・ザ・ドッグ』だ。
原作は、1967年に出版されたトーマス・サヴェージの小説。こんなに昔の小説でありながら、今読んでも面白い、というより今読んだほうが面白いんじゃないかと思える傑作だ。
音楽は、レディオヘッドのギタリスト、ジョニー・グリーンウッド。彼は2021年公開の映画『リコリス・ピザ』『スペンサー ダイアナの決意』『パワー・オブ・ザ・ドッグ』三作の音楽を担当していて、あっという間に「ジョニー・グリーンウッドが音楽をつけた映画は傑作になる」というジンクスを獲得した。

優れた映画がもつ豊かさ、精緻さ、美しさのすべてを備えた大傑作に仕上がっている。以降、露骨なネタバレはしないが、予備知識なしで集中して観るのがベストな作品だから、これを読むより先に観たほうがいい。

映画をより深く楽しむためにも原作を読むことをおすすめする(トーマス・サヴェージ/波多野理彩子訳 角川文庫)

ベネディクト・カンバーバッチvs.コディ・スミット=マクフィー

舞台は1925年のモンタナ州。広大な牧場を持つ兄と弟、そして弟の妻になった女性とその息子が主要登場人物だ(それ以外の人物はあまり関わってこない)。

牧場主の兄フィルを演じるのがベネディクト・カンバーバッチ。BBC『SHERLOCK(シャーロック)』のホームズ役などでそのカッコよさは周知されているが、この『パワー・オブ・ザ・ドッグ』で彼が演じるのは、まっすぐなかっこよさではない。
マッチョで、“男らしい”カウボーイのリーダーであるフィルは、だが、もはや自分が理想とする「カウボーイ」像が時代遅れになりつつあることにも気づいている。
小説では、冒頭で“去勢をするのはいつもフィルだった。まず陰嚢の底を切って横に投げる”と猫写される。知恵と権力を持った男だが、それを嫌な相手を去勢することに使うことも厭わないタイプだ。テーブルにある紙のバラを作ったのが給仕をしている青年ピーターだと気づいて「なるほどな」とつぶやく。その時、バラの花をいじる指の嫌らしさ。ピーターに「どこのレディーの手作りだ」と切り出し、続ける会話で相手を侮辱するやり方。そしてフィルは、ピーターが再び現れたのを確認して、目の前であえて紙のバラを焼くのだ。

ピーター(コディ・スミット=マクフィー)のつくった紙の花を手に取るフィル(ベネディクト・カンバーバッチ)/Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』独占配信中

フィルに対峙する耽美な少年ピーターを『ザ・ロード』『モールス』のコディ・スミット=マクフィーが演じる。カンバーバッチが見事に演じる権力マッチョのフィルに、まったく異なるスタンスで切込む、蒼い炎のような彼の存在感も、この映画の見どころだ。

繊細な手つきで花をつくるピーター/Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』独占配信中

突如訪れるクライマックス

フィルの犠牲になるのが、弟ジョージと結婚した女性ローズ(バラ!)だ。
弟ジョージを『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』『アイリッシュマン』のジェシー・プレモンス、妻ローズを『メランコリア』のキルステン・ダンストが演じる。ジェシー・プレモンスとキルステン・ダンストは、実生活でもカップルだ。
ジョージと自分の生活内にローズがいることを、フィルは快く思っていない。あまり上手くないローズのピアノ演奏に、フィルは完璧なバンジョー演奏をかぶせてくる。ジョージは無頓着な男なので、パーティーでローズがピアノ演奏をしてくれることを心待ちにしている。ローズが追い詰められていることに気づかないのだ。

一筋縄ではいかない性格の登場人物4人、それぞれの手札とやり口が徐々に判っていく緊迫感がずっと持続した先に突如訪れるクライマックス。なに!?と驚愕した直後に仕掛けられた手口に唖然として、あたまからもう一度観たくなる。そして、観ると、すでに冒頭の台詞でラストの場面が予告されていることに気づいて愕然とする。
「『エデンの東』+『ブロークバック・マウンテン』を彷彿とさせる心理劇」とのガーディアン誌の評が、小説の帯で謳われている。まさに、そのとおりの映画であり、ジェーン・カンピオンの集大成である。と、同時に、ジェーン・カンピオンらしい作品であるという思い込みそのものがトリックとして使われているような巨大な企みも潜んでいる。

ジョージ(ジェシー・プレモンス)とローズ(キルステン・ダンスト)は実生活でもパートナー/Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』独占配信中

Netflix作品初のオスカーなるか?

スチールを観て西部劇だと思った人は裏切られる。格調の高い文芸大作と思って見ているとそれも裏切られる。犯罪心理映画であると断言することもできない。カテゴリーにはめ込むのが困難な、堂々たる映画だ。
映画らしい映画である『パワー・オブ・ザ・ドッグ』が、スクリーンの上映ではなく配信を中心に展開するNetflix作品初のオスカーを獲得すれば、アイロニックでありつつ革命的な転換点になりえるのではないか。

精緻に作り上げられた伏線と、数々の象徴、登場人物たちの心理戦を、説明台詞ではなく映像で見せる手腕は、見事を通り越して恐ろしいほどだ。観る側の集中力も必要な作品なので、万全の体制で観てほしい。

佐久間宣行のお笑い愛 『トークサバイバー!〜トークが面白いと生き残れるドラマ〜』がバラエティを拡張する
ゲーム作家。代表作「ぷよぷよ」「BAROQUE」「はぁって言うゲーム」「記憶交換ノ儀式」等。デジタルハリウッド大学教授。池袋コミュニティ・カレッジ「表現道場」の道場主。
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