「青天を衝け」全話レビュー

『青天を衝け』36話。「お千代死ぬな。お前がいなくてはオレは生きていけねぇ」栄一の妻・千代の死

吉沢亮主演NHK大河ドラマ「青天を衝け」。「日本資本主義の父」とも称され、幕末から明治を駆け抜けた実業家・渋沢栄一が主人公。36話のサブタイトルは「栄一と千代」、三菱の独占に対抗して会社を設立しようとする栄一の構想は、岩崎弥太郎(三菱商会創立者・中村芝翫)の策略に潰されてしまう。実業家としては苦境に立たされる一方、渋沢家は、長女・うた(小野莉奈)の縁談が進んで家庭人としては幸せムードに。なのに! 妻の千代(橋本愛)が、流行病のコレラに罹って亡くなってしまいます。
『青天を衝け』35話。千代「ぐるぐるいたします!」明治の女性たちがアメリカ前大統領接待で大活躍

渋沢栄一の“欲”

今回、ポイントとなったのは栄一の“欲”。
合本主義を掲げる栄一と、独裁的経営者の岩崎弥太郎(中村芝翫)との確執が本格化する。
海運業を独占する弥太郎に対抗し、栄一は合本組織・東京風帆船会社を設立。しかし、弥太郎の流したデマで開業前から暗礁に乗り上げてしまう。

栄一が院長を務める養育院も、収容者が増え続けたことで財政難に陥っていた。

「貧困は己の責任である。養育院の貧民は租税をもって救うべきではない」

菅(すが)政権の「自助・共助・公助」を思わせるような自己責任論を主張する政府に対し、栄一は「国が一番守らねばならぬのは人だ!」と反論。
こう見ると、栄一は無私の精神でお国に尽くしているようだが、五代友厚(ディーン・フジオカ)は「おはんは、おいに比べてずっと欲深か男じゃ」と指摘した。

「は? 私は岩崎さんとは違う」
「岩崎くんもおはんも、己こそが日本を変えてやるという欲に満ちている」

千代もこの意見には同意している。

「お前さまは、昔から欲深いお方でしたよ。正しいと思えば故郷も妻も子も投げ打ってどこへでも行ってしまう。働いて得たお金を
攘夷のために使ってしまったこともある。思う道に近づけると思えば、敵だと思っていたお家にでも平気で仕官する」

「そう聞くとオレはとんでもねぇ男だなぁ」

……うん、そうだと思う。
この「欲深い」例に、愛人を作った上に妊娠させ、本妻と同じ家で生活させた件をぶっ込まれなくて良かったね。

「私とて、お前さまは一体、何を考えておられるんだろうと寂しい思いをしたことも随分ございました」
「そんな……そんなこといまさら言われても……」

栄一は“いまさら”でも、自分がわりと欲望に忠実な人間だと気付いた方がいいよ。

強い女性になった妻・千代

それにしても、千代が栄一に対してこんなツッコミを入れられるようになったことに驚かされた。
千代は、幼少の頃から栄一の後にくっついて歩いているような少女だった。
結婚する際も本人の気持ちは考慮されず、栄一と喜作(高良健吾)が相撲勝負をして勝った方が千代を獲得するという、まあまあヒドイ方法がとられている(結局、千代の気持ちに気付いた喜作が身を引くのだが)。

結婚して以降は、家庭を顧みない栄一に振り回されっぱなし。典型的な「三歩さがって歩く妻」だったわけだ。
しかし、東京で同居するようになってからは、千代の強い面もたびたび描かれてきた。

栄一の出世によって、お大尽気分で浮き足立っている娘を「うたはお姫様でも何でもねぇ、百姓の娘ではありませんか」とたしなめたり、勘違いした意識高い系の書生たちを一喝したり。
前回は、アメリカ前大統領が自宅にやってくるということで、栄一すら慌てふためいていたところを、「ぐるぐるいたします!」と張り切り、先頭に立って接待を成功させていた。

「三歩さがって歩く妻」ではなく、栄一と並び立ち、しっかりと夫を支える妻になったのだ。


新型コロナと重なるコレラ

千代の強さとともに、かわいらしさも描かれた。
苦手な牛乳を「薬と思ってでも飲むべきです」と言われ、鼻をつまみながら飲む千代はめちゃくちゃキュート!
ここ数話で、千代にガッチリ心をつかまれてしまった視聴者も多いことだろう。

そんな千代ちゃん株がストップ高状態になったところで、突然コレラにかかってしまうという展開はつらすぎた。
千代が感染したのは、明治15年に横浜から東京へと広がったコレラだと思われる。
日本にとっては数度目となるコレラの大流行だが、まだ治療法や予防法は確立されておらず、当時の致死率は60%以上とも言われている危険な感染症だ。

隔離された部屋に寝かされ、子どもたちは立ち入り禁止。死に目にも会えないまま亡くなっていくのだ。
同じ感染症ということで、どうしても現在の新型コロナウイルスと重ねて見てしまう。
当時はまだ土葬が主流だったようだが、千代の遺体は感染を避けるために即火葬されている。

家族さえ、遺体と対面することもできないまま火葬されてしまった志村けんのニュースを思い出してしまうのだ。


欲を捨てられそうにない栄一

千代の死に際に、栄一はこんなことを叫んでいた。

「お千代死ぬな。お前がいなくてはオレは生きていけねぇ。もう何もいらねぇ。欲も全部捨てる。お前さえいればいいんだ。だから お千代……」

ここでまた出てくる栄一の“欲”問題。
「欲も全部捨てる」と言っていた栄一だが、今回のラストシーンは千代を亡くし、ぼうぜんとする栄一を、同居する妾・大内くに(仁村紗和)が離れて見つめるというものだった。
妾なんて欲の決定版みたいなもの。

同居中、千代とくには良好な関係を築いていたようだが、どうがんばっても正妻のポジションにはなれないくには、同居しながらも複雑な思いを抱えていたに違いない。
ここで、そんなくにの姿を出してくるとは……。スタッフの「栄一をただの聖人としては描かないぞ」という強い意志が感じられる。
もちろん、栄一が千代の死をきっかけに欲を捨てられるわけもなく、「日本を変える」という欲に突き動かされて今後もさまざまな事業を興していくのだ。

予告編では、栄一の後妻となる兼子(大島優子)も登場していた。

欲、捨てられないなぁ~。

『青天を衝け』全話レビュー第1話はこちら

『青天を衝け』35話。千代「ぐるぐるいたします!」明治の女性たちがアメリカ前大統領接待で大活躍
1975年群馬生まれ。各種面白記事でインターネットのみなさんのご機嫌をうかがうライター&イラストレーター。藤子・F・不二雄先生に憧れすぎています。
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