「ピルのオンライン処方『スマルナ』を通して、医療体験を再定義する」ネクイノ社長・石井健一さん

新型コロナウイルス感染症の流行により“非接触”が推奨され、私たちの生活は大きく変化しました。医療分野でも「オンライン診察」の需要が高まり、中でもピルの処方を受けられる『スマルナ』は大きな注目を集めています。株式会社ネクイノの石井健一社長に、ご自身の考え方や『スマルナ』が目指す未来についてお話を聞きました。

一人一人が変わる必要はない「環境から変えていく」

――『スマルナ』を利用している方からは、どんな声が届いていますか?

石井健一さん(以下、石井): 大きく分けて3つの世代の声が目立ちます。高校生、大学生ぐらいの年代からは「親に知られずに届いてうれしい」という声。社会人ぐらいの年代だと「もっと早く知りたかった」と言っていただくことが多い印象です。もうひとつ多いのが、出産後の方。お子さんを連れて婦人科を受診するのは、なかなか難しいので。

――女性にとって、選択肢のひとつとして『スマルナ』を知っていると安心できますね。

石井: 今現在自力で病院に行けている方には、『スマルナ』は必要ないと思います。オンライン化しても得られるのは「行かないですむ」というメリットだけ。『スマルナ』のミッションは、「セクシュアル・リプロダクティブ・ヘルス/ライツ(SRHR:性と生殖に関する健康と権利)」を実現すること。ピルはあくまでも、この実現のためのものです。「生理がつらいのは当たり前」、「我慢するのが普通ではない」という世界をつくることが必要だと思っています。

――『スマルナ』を特に知ってほしいのは、どんな方ですか?

石井: マーケティング的な視点で、大学1年生と社会人1年生をターゲットにしています。大学生になるタイミングは、 セックスに対する大きなターニングポイントになります。また、社会人になると、学生の頃のように生理がつらいからといって休むことも難しくなります。会社からお給料をもらっているので、ある程度はパフォーマンスをコントロールしなくてはいけないですよね。自分自身をマネジメントする必要があるという、この2つの軸を大事だと捉えています。

『スマルナ』を始めて感じたのは、世の中の女性は「生理の問題を解決してくれる人がいる」と思っていないということ。解決策があることを世の中に発信する、解決策そのものを社会実装しなければならないと思っています。例えば、みんながLINEを使っていたら、自分もつかわなきゃとなりますよね。それと同じように、みんなにとって当たり前になれば、自然と使ってくれると思うのです。一人一人が変わる必要はなくて、会社として環境から変えていくための取り組みをしています。

医療従事者の働き方も再定義する

――『スマルナ』には、性や体調の悩みを相談室があります。ここに協力されている医療従事者は、どのような方が多いのでしょうか?

石井: まずは薬剤師さん。今まで薬剤師の資格・能力を生かすには病院や薬局などの医療機関や医薬品関連企業などに従事するなどしかありませんでした。これは能力もさることながら、どちらかと言うと「資格」に依存した働き方です。
実際の働き方は体力的にもキツかったり、拘束時間が長かったりすることも少なくありません。一方で、『スマルナ』ではその能力・経験値を軸とした専門職として協力していただいてます。子育て中でフルタイムでは働けない女性薬剤師も多いですね。そして、助産師さん。赤ちゃんを取り上げる分娩介助のイメージがありますが、実は助産師さんの守備範囲は初潮教育から更年期のケアまで幅広いのです。「もっと性教育に取り組みたい」と思っても働く場がなかったのですが、『スマルナ』ではオンライン相談に取り組んでもらっています。

――医療従事者の皆さんにとっても、働く場所が増えるという側面でうれしいサービスになっているんですね。

石井: そうですね。弊社のミッションは『医療空間と体験の再定義』。患者さんだけでなく、医療従事者サイドからも同じように再定義したいと思っています。新型コロナウイルス感染症拡大前は会社に行くのが当たり前でしたが、リモートワークの普及によって働き方も変わりました。医療分野でも、“職場に行かなくても専門職として働けるマーケットを整備する”ということがミッションのひとつになっています。

日本にオンライン診療は必要ない?

――生理やPMSは人によって症状が違うので、女性同士でも理解し合うことが難しいと感じます。なぜこの分野に取り組まれたのでしょうか?

石井: 言葉を選ばずに言うと、女性の問題を解決するためにサービスを立ち上げたわけではありません。日本の医療は非常にレベルが高いのですが、一部の領域においては需要と供給が追い付いていなかったり、制度上カバーできていないところがあります。このように、医療のインフラが整っていない領域に医療のデジタル化を推進していく、という考え方がベースにあります。となると、現役世代のQOL(クオリティ・オブ・ライフ)を高めたり、「予防」という領域に取り組む方が道筋として正しいな、と。日本の医療全体の最適化を考えたとき、どこから取り組むのが将来的にいいのかという考え方なんです。

――新型コロナウイルスの流行によって、オンライン診療自体の需要が高まっているように感じます。石井社長が考える今後の展望を教えてください。

石井: 僕は、日本にオンライン診察は「そこまでなくてはならないものではない」と思っています。低コストで安定した医療を家の近くで受けられるという点に関しては、至る所に医療機関があるので、ほとんどの人が不自由していません。これをオンライン診療に置き換えたときに失うのが、お医者さんの“第六感的なもの”なのです。例えば、「ついでにレントゲンを撮っておくか」という勘で肺炎が見つかるというのは、よくある話です。オンライン化することで利便性は高められるけれど、失われるものもある。ここのトレードオフは成立しないのです。だから、オンライン診療は「病気を見つける」のには向いていません。「メンテナンスする」ことに向いているコミュニケーションの形だと思っています。

――『スマルナ』はオンライン診療の普及を目的にしているわけではないんですね。

石井: リアルでかかりつけ医ができたら、それが1番いいこと。けれど、何らかの事情でそれが実現できないなら、そこに橋を架けるのがオンライン診療です。「オンライン診察を普及させたい」という想いでやっている企業も多いですが、僕らがやりたいのは「医療体験を再定義する」こと。特にオンライン診察である必要はないと思っているのはそういう想いがあるからです。

――石井社長は、『スマルナ』を通して何を実現したいと思っていますか?

石井: 医療者と患者さんのコミュニケーションをテクノロジーの力を借りて最適化したいと思っています。医療全般にAIを、とよく言いますが、そんな簡単にAIは作れません。でも、特定の領域に絞り込んでいくことで、その道は開けるかもしれません。特にウィメンズヘルス領域は28日の周期の中で正解が変わるとても難しい領域です。難しいからこそこう言った部分に取り組んで、AIを上手に使うことで、コミュニケーションを一段上に進化させたいですね。女性の一生を考えると、生理が始まった時から性についての問題が始まって、避妊フェーズに入る。そのあと“積極的避妊をしない”という意味で妊活フェーズに進みます。その後、また避妊フェーズを経て更年期……というプロセスが、女性に訪れる生物学的なライフイベントです。どこまでを科学的根拠に基づいて手伝っていくか、オンラインのコミュニケーションで解決できるのか、というのが、僕たちのイシューだと思っています。

フリーランス。メインの仕事は、ライター&広告ディレクション。ひとり旅とラジオとお笑いが好き。元・観光広告代理店の営業。宮城県出身、東京都在住。
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