尾崎世界観さん「小説は曲作りがうまくいかなかった時の逃げ道として書き始めた」(後編)

ミュージシャン尾崎世界観さん。ロックバンド「クリープハイプ」では、ボーカル兼ギターに加えて、ほぼすべての作詞作曲を担うだけでなく、エッセイや小説の執筆活動も続け、精力的に作品を発表しています。最新作『母影(おもかげ)』は、第164回芥川賞の候補作に選出。そんな尾崎さんがなぜ小説を書き始めたのか、また小説を書くということについてお話をうかがいました。

小説は、逃げ道だった

――小説の執筆にチャレンジしたのは、音楽でご自身の満足いく結果を得られるようになってきたからですか?

尾崎世界観さん(以下、尾崎): まず、逃げ道として小説を書き始めたというのがあります。音楽が自分の中でうまくいっていない時に書き始めたので。
曲を作る時、できなければ途中でやめるし、眠くなったら寝ます。執筆はその中のひとつなんです。逃げ道をただの逃げ道ではなく、仕事にしてしまおうという感じです。
一度自分を俯瞰して見るために、別の表現を利用しているのかもしれません。

――音楽活動に加え、テレビやラジオのレギュラー、エッセイの執筆などさまざまなアウトプットの場を持っていらっしゃいますが、その中で小説の執筆はどのような位置づけですか?

尾崎: 小説は「難しくてちゃんとできないもの」ですね。エッセイは割と自分の意思で動かせている感覚があるのですが、小説に関しては、どうにもできない時がある。
でもそれが、音楽活動にとってプラスに働くんですよ。音楽で積み重ねてきたある程度の自信が、小説を書きながらちゃんと打ちのめされる感じがあって。自分にとってすごく大事な作業だと思います。

――どのあたりが「どうにもできない」のでしょうか

尾崎: 自分では好きだけど、読む人にちゃんと届くものを作れているのかという部分です。
かつては音楽活動もそうでした。「自分ではいいと思ったけれど、これは本当にいい曲なのだろうか」という不安がありました。
でも、続けていくことで、だんだんと解消されていくんです。ここまでは作り込めた、ここから先は受け手次第だ、というところまで持っていけるようになる。
とはいえ、「どうにでもできるようになる」ことが100%いいことかと言えば、そうではないと思います。だから今こうして、わからないことをやっているのがおもしろいのかもしれません。

――小説はまだまだ尾崎さんにとって未開の領域なんですね。

尾崎: 担当編集の方としゃべるのがすごく好きで、執筆の要所要所で会って打ち合わせをしていました。打ち合わせの前日は「何を言ってもらえるんだろう」と楽しみで眠れなかったんです(笑)。
そういうことはめずらしくて。やっていることが間違っているのか、合っているのか、不安でいられることがうれしかったですね。
「あぁ、自分はできていないんだ、知識もないんだ」という瞬間に安心します。

「嫌い」でも引っかかってくれたら

――小説やメディア出演など、音楽以外の活動を通して尾崎さんを知った方が、最終的にクリープハイプの音楽を聴くようになってほしいという思いもありますか?

尾崎: やっぱり音楽を聴いてくれたら嬉しいのですが、音楽は好きじゃないけれど、本は読んでいるという人もいますね。別のところから入って音楽を聴いてもらえればそれは美しいことだけれど、何かが引っかかればいずれまた気持ちが変わるかもしれないし、とにかくいろいろなところで表現をすることで気にしてもらえたら嬉しいですね。
もちろん、「嫌い」というのも一種の引っかかりだと思います。

――アンチでも、届いたらありがたいと。

尾崎: もちろん、腹は立ちます(笑)。エゴサーチをして嫌なことを書かれてると、その人のプロフィールとか投稿をさかのぼって読んでしまったり。時間がもったいないですよね。
でも、そういう怒りを蓄えて奮起しようとしています。知らない人にいろいろ言われることなんて貴重な経験ですから。

小説を書くということは、小さな声を拾うということ

――telling,の読者は、ライフステージの変化を迎えたミレニアル世代の女性です。尾崎さんは、年齢による苦しさや面倒くささを感じることはありますか?

尾崎: 自分自身は年齢による窮屈さを感じたことがないんです。年取ったなぁとは思うのですが、ネガティブな感情は全くなくて。過去に戻りたいとも思わないし、今が一番いいと思っています。
でも、周りから年齢や仕事のことで何かを言われたり、悩んだりする気持ちはすごくわかります。男性と女性ではまた置かれている立場が大きく違うとは思いますが……。

――異性の置かれた立場を想像するのは難しいですね。

尾崎: 自分と同年代の30代半ばの女性は、好きなことや仕事を続けるために、さまざまなことを選択していかなければならないですよね。
その点でもすごく尊敬しています。歌でも、よく女性の視点を借りることがあります。今、これまであまり拾われる事のなかった声が拾われるようになって、小さな声が大きくなっているのを感じています。
まだ全部はわからないなりに、男性として、新たに学んで変わっていきたい気持ちがあります。
声をあげている人に対して「怖い」と思ってしまい、双方がコミュニケーションを取らなくなるのが一番むなしいことだから。

どちらにせよ、結局声の大きな人が勝つのでは意味がないと思っています。
小説を書くということは、小さな声を拾っていく作業だと感じます。自分も文章を書く人間の一人として、そういう気持ちを丁寧に拾って、もっと伝えられるように努力していきたいです。

『母影(おもかげ)』

著者:尾崎世界観
発行:新潮社
価格:1,430円(税込)

現在肩書き無し。30歳の夏、港区での彼氏との同棲を解消、同時に8年マネージャーとして勤務した芸能事務所を退社する。ライター業ではお笑いやサブカルチャーに関するコラムをwebサイトに寄稿など。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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