本屋大賞ノミネート『八月の銀の雪』伊与原新さん「この世界を肯定的に捉えることは難しい」

直木賞、本屋大賞にノミネートされ、話題の『八月の銀の雪』(新潮社)。著者の伊与原新さんは、地球惑星科学の研究者という経歴の持ち、小説のなかにも科学的な題材が取り入れられています。本作も前作『月まで三キロ』の流れをくみ、行き詰まりを感じる人が出会いにより、世の中の見方が少しずつ変わっていく5篇の短編集です。今回は伊与原さんに行き詰まった人を書こうと思った理由や、コロナ時代に思うことをうかがいました。
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「世界を虚無的に捉えている人」を書いてみたかった

ーー『八月の銀の雪』は5篇の短編集です。なかでも「海に還る日」は主人公と同じ女性として共感し、ワクワクしながら読みました。なぜ女性の気持ちや悩みを細かなところまで描くことができるのですか

伊与原新(以下、伊与原): 普段から30歳前後の女性とは無縁ですし、日常的に触れ合うことがないので、「これは的外れでないかな」と思いながら書いています。さまざまなニュースを見聞きするなかで、女性たちが感じていることを想像することも多いですね。私は男性なので、「どうですかね、こんな感じではないでしょうか」と問いかける気持ちも、含まれているのかもしれません。とはいえ、人間の悩みは根っこのところでは、男でも女でも年代でもそれほど違わないのではないかと思います。

――根っこが違わないと感じたのはなぜですか?

伊与原 他者の気持ちを想像するときも、ベースにあるのは自分の経験ですよね。ですから、もし女性たちの気持ちと僕の書いたものがそれほど外れてないとすれば、おそらく根っこは大きく違わないのだろうと。もちろん、社会の中で置かれている立場は違うので、悩みの対象は違いますが、悩んだときの人間の気持ちはそんなに変わらないのでしょう。でも、「女性が書いたのかと思いました」と言われるとやっぱりうれしいし、書いてよかったなと思います。

――そのほかにも、「就活がうまくいかない大学生」や「役者を諦めた若者」など、さまざまな主人公が登場します。それぞれの人を描くために、経験していないことを想像するのは難しそうです。

伊与原: やはり異性の経験を想像するのは難しいですね。「海へ還る日」を書いた時、僕の中で主人公の女性が一番遠い存在でした。シングルマザーで大変な生活を送っている人とお話ししたこともなかったので。ただひとつ、以前から「世界を虚無的に捉えている人」は書いてみたいと思っていて、僕のなかにもそういう人が存在していると感じています。

――そう感じた理由はありますか?

伊与原 僕の子どもが生まれた時に、この子が必ずしも幸せになれるかわからないのに、「自分がつくった」ということへの恐怖心がありました。もちろん親として精一杯のことはしますが、それだけではどうしようもないこともあります。この先の世界がどうなるのか。未来が今より、よくなるビジョンを描けないなかで、子どもがこの先80年、100年と生きた先はどうなってしまうんだろう、ということまで含めて考えたりして……。

僕ですらそうなのだから、一人で子どもを育てていて経済的にも苦しい人たちは、この世界を肯定的に捉えることは難しいのではないかと想像しながら書きました。

――想像のタネはいろいろなところにあるのですね。

伊与原 「アルノーと檸檬」の主人公である夢破れた男も僕の中にいます。研究者時代には才能の差、力の差を感じることがありました。本当に好きな場所で好きなことをやって生きていける人は、ほんのひと握り。そういう小さなところにも、想像していくタネはありますね。

景色の見え方を変えることで、踏みとどまれる瞬間がある

ーーさまざまな人物を描くなかで、人物設定に後悔することはありませんか?

伊与原 描きやすいということはなくて、どれを書いていても苦しいですね。なんでこんな設定にしてしまったんだろうと。誰を描くにしても、「当事者の気持ちはこんなものじゃないよ」と言われるのではないかと怯えながら書いています。小説はそういうものだから仕方ないと思うしかないですね。

――作品のなかで、崖の端の落ちそうなところにいる人が、誰かと出会い、もう一度戻され、少しだけ前向きになっている姿に救われます。

伊与原: 前作の『月まで三キロ』を書いたときからのコンセプトなのですが、「人生こんなはずじゃなかった」という人を主人公にして、遠い世界で生きている人と出会うことで、世界の見え方が少し変わる経験をする短編を書いています。『八月の銀の雪』も、その延長上にあります。だから、今回も人生に行き詰まっている人たちを書くことは決まっていました。

崖まで追い詰められている時は、周りの景色を見る余裕もないですよね。でも実は、崖の向こうには絶景が広がっている可能性もある。景色の見え方を少し変えることで、力が抜ける瞬間、踏みとどまれる瞬間があるのではないかと。

――「人生に行き詰まった人」を選んだ理由はなぜですか?

伊与原: 『月まで三キロ』の企画を一緒に考えてくださった編集者が、神奈川県にある「真鶴町立遠藤貝類博物館」にたまたま入ったという話がきっかけです。その博物館は、貝類研究家の遠藤晴雄さんが集めた膨大な数の貝が展示されています。編集者は「貝に興味がなかったのに、入ってみたらすごくよかった」と。そこには何かわからない迫力と癒しがあったと言っていました。僕もその感じがわかるなと思って。そういう世界が持っている力を効果的に示すためには、行き詰まっている人が必要だったのかもしれません。

――確かにここ数年、さまざまなことに行き詰まっている人が多くなっていると感じます。

伊与原: 「選択肢が増えた」というのも、理由のひとつかもしれませんね。大学教員時代、学生たちには「人生、こうでなければならないということは意外とないよ」とよく言っていました。それは、僕が年を重ねていくごとに感じること。思っているようにはいかないことが多いし、そこから外れた時のほうがいいこともある。ただ、女性は例えば出産とキャリアの両立を考えた時に、何歳ぐらいまでにはこれを、というリミットもあるでしょうし、そんなのんきなことを言っていられないという気持ちもあるのかもしれません。

また、「可視化されている」と自分の相対的な位置がわかってしまう。「あっちの方がよさそうな人生に見える」というのが見えてしまうのも大きいと思います。

数千年間のつかの間の日向ぼっこ時代を生きている幸せ

――ひとつの短編を読み終える時、もう少し続きを読みたいと思うのも魅力のひとつだと感じます。物語の終わりはどのように決めるのですか?

伊与原 この5篇は全て、何かに行き詰まっている人がいて、出会いがあって、世界の見え方が少し変わるというかたちになっています。世界の見え方が少し変わった後をどうするかは、「ちょっと前向きな一歩を踏み出すんだろうな」という僕と読者の間の共通理解でいいと思います。どう踏み出して、どこまでいけるかは僕にもわからないので、あとは想像におまかせしています(笑)。

もう一歩踏み込んで書くと、急に嘘になるような気がして僕は書けないのです。僕はこのぐらいの終わり方が好きですね。

――物語は、人と人が偶然に出会うことで進んでいきます。現実ではこのコロナの時代になり、人と人とが出会うことすら難しくなってしまいました。これからはどう変化していくと思いますか?

伊与原 出会いの質が大きく変わるとは思っていません。半分は願望ですが、ゆっくり元の位置に回復してくだろうと考えています。社会のあり方を劇的に変えるとしたら、もっと激しい環境変化ではないでしょうか。我々、地球、惑星、地質学などの研究者は、地球における環境変動の幅が非常に大きいことを知っています。何万年スケールで見たら、氷河期が来たり、破局的な火山活動が起きることもある。コロナだって、人間が環境とインタラクションすることによって生まれたもの。生命はそういうことを繰り返して、生き延びてきた。もちろん、滅びた生物もたくさんいますが。

そういう意味では、今の数千年間は本当につかの間の日向ぼっこできる時間です。そんな時代に生きられている幸せを、今生きてる人たちで共有しておきたいという感覚になればいいなと思います。コロナは恒常的ではない世界をみんなが理解するチャンスのひとつだと思います。

――それを理解して、どうアクションを起こすか、ということでしょうか?

伊与原 今はアクションを起こす「前段階」にも至っていないですよね。想像できないとアクションは起こせません。究極的なことを言えば、人間は無力ですが、それでも数百年というスパンでいい状態を続けたいという思いをみんなが共通認識として持てば、アクションが起こせるのかもしれないですね。

――今、視点を変えることは大事だということですね。ではどうしたら変えられるのか、オススメの本などありますか?

伊与原 星野道夫さんの本です。とくに、『旅をする木』というアラスカでの生活を綴ったエッセイはオススメです。今、自分が忙しく働いてる時でも、アラスカの海ではクジラが回遊しているとか、狼が氷河の上を歩いているということを想像できるかできないかでは、天と地ほど違うということが書かれています。星野さんは自分たちの日常が世界の全てではないということをよく書いていて、学ぶことが多いと思いますよ。

――最後に、30歳前後のtelling,読者たちに伝えたいことはありますか?

伊与原 『月まで三キロ』に載っている短編に、30歳前後の女性を登場させた作品があります。必死で婚活をしているその女性は、「後悔したくないですから」というのが口癖。その気持ちはわかるけれど、僕はその言い方にとてもネガティブな印象を受けてしまう。「後悔したくないからいろいろなことやるんだ」というのは、「思い出作り」と同じで、本末転倒の感があるというか。本来、後悔も思い出も、やろうと思うことをやったあとに来るものですよね。
自分の選んだことをやっても後悔することは多々ありますが、後悔したくないというモチベーションでは、あまりうまくいかないんじゃないかな、と思います。

『八月の銀の雪』

著者:伊与原新
発行:新潮社
価格:1,760円(税込)

 

telling, 編集長。女性誌編集、WEBディレクター、PR、フリーランス編集・ライターを経て、2020年3月より現職。年間70回以上コンサートに通うクラオタ。国内外のコレクションをチェックするのも好き。美容に命とお金をかけている。
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