「ちょっと不幸なのが普通」直木賞作家・山本文緒さんが描く、30代女性の幸せのかたち

作家の山本文緒さんが7年ぶりの新作小説『自転しながら公転する』で主人公に選んだのはアウトレットにあるアパレルショップで契約社員として働く30代独身女性。母の介護のために東京から地元に戻り、幸せそうに見える友達と自分を比べ、もやもやした気持ちを抱えながら懸命に幸せを模索する姿を描きます。現代を生きる女性にとって、“普通の幸せ”とは? 山本さんに小説に込めた想いを聞きました。

アパレルショップで働く女性の笑顔の裏側に興味があった

――『自転しながら公転する』の主人公「与野都」のリアルな悩みに共感して、胸に突き刺さりました。この小説の執筆のきっかけを教えてください。

山本文緒さん(以下、山本): 長年、アパレルメーカーに勤める女の子を主人公に話を書きたいと思っていました。ファッション業界といっても、デザイナーやPRなどではなく、ショップでお客様と直に接しながら働いている女性の生き方に興味がありました。

――なぜショップ店員の30代女性を書こうと思ったのですか。

山本: 私は昔から嫌なことがあったり仕事がつらいときに、駅ビルに寄ってリーズナブルな洋服を衝動買いしてしまう癖があります。結局買った洋服は、クローゼットに入れたまま着ないうちに流行が去ってしまって……。なんてバカなことを繰り返しているんだろうとわかってはいるのですが、なかなかそれが直らないのです。
特にこれを買おうというのではなく、ついふらっと立ち寄って買ってしまう。何度も行くと店員さんに顔を覚えられるので、買い物ついでに世間話をすることがあります。どのショップの店員さんもみんなかわいらしくて感じもすごくいい。でもそれと同時に、この子たちは10年後はここで働いていないんだろうな。これから先はどうするのだろう、とも思ってしまうのです。

――まさにそこから主人公の都が生まれたんですね。

山本: 彼女たちは将来をどう考えているんだろう、どんなバックボーンがあって、どんな親がいて、どんな家に住んで、どんな希望があるのか、その感じのいい笑顔の裏側にすごく興味があります。流行という泡沫の商品を売り続けるのはどんな気持ちなんだろう。年齢によって自分の好みも変わるだろうに、そのショップの洋服しか着られないのは、思った以上に大変なことかもしれないと、聞いてみたいことがたくさんあって。興味がどんどん膨らんで、小説のプロット(物語の枠組み)ができあがりました。

――アパレルショップやその店員さんを書くにあたって、どのように取材されたのでしょうか。

山本: だいぶプロットができてから、アパレルのMD(マーチャンダイザー)をしている女性に取材させていただき、お店と売り場づくりについて教えていただきました。その方はもちろんいい方で、作中のネガティブなエピソードは私が考えたものです。

今の時代の幸せを求めるあまり、苦しくなってしまう矛盾

――なかでも、都と貫一の恋物語がキラキラしているのに救われました。

山本: 私は少女漫画が大好きで、少女漫画に助けられてきたので、この2人はどうなるの?誰と誰が結婚するの?という少女漫画的な俗な興味で話を引っ張っていけないか考えて書きました。おみやちゃんと貫一くんの2人の恋の問題があって、そこに親のことや職場のことをつけ加えていきました。

――結婚、家族、仕事など、都の周りにある問題はリアリティがありました。抱える悩みが多くて、しみじみ女性って大変だなと。

山本: そうですね、残念ながら、いつになっても大変だと思います。都の娘も、そのまた娘も、その後もずっと。時代に応じて価値観が変わり、降りかかる問題の種類が変わるだけで、大変なことの総量には変わりはないんじゃないかなと思います。

――時代ごとに悩みが変わるだけで、今が特別大変なわけではないということですね。

山本: 例えば、都のおばあちゃん世代からみたら、都は好きな相手と結婚できるし、好きな職にも就けて、車の免許も取れる。ものすごく恵まれていると感じるでしょう。どちらかといえば、都は自由な世界に生きている。ところが自由になった分、ほかの悩みが生じて、希望がないと感じてしまう。

――本当は自由なのにそれを感じていないということでしょうか。

山本: 都は祖母の世代に比べたら相当自由に生きていくことができるのに、それを享受しようという感覚がありません。どんな人も本当は享受することができるのに、その世代、その時代の幸せを求めるあまり、苦しくなってしまう。人間ってある意味、むなしいなと思いました。

――なぜ私はこんなに大変なんだろうと思ってしまいがちです。

山本: 社会自体が矛盾に満ちているし、大きな圧力もかけてくるからでしょう。男性社会のなかで男女平等という名のもとに働いて、子どもを産んで育児して、親の世話もして、老後資金を2000万貯めて、国の世話にならずに自立して死ね、というようなことを私たちは暗に押しつけられています。その中で、私は幸せだと思うことは難しいのではないでしょうか。

それぞれの人、時代によって幸せのかたちは変わるもの

――作品の中で何回か「幸せ」について語るシーンが出てきます。幸せとは何か考えさせられました。

山本: それは本当に難しい問いですよね。答えは出ないと思うのですが、誰もが幸せとは何だろうと考えながら生き続けていくのだと思います。
とある女性誌で「幸せそうな女でいる秘訣」という特集を見たことがありますが、これって言い得て妙だなと感心しました。周りから幸せそうに見えないと幸せではないと、突きつけられています。本人が幸せなら、周りにどう見えようと関係ないのに(笑)。

――都と、都の友人で寿退社をしてパート勤めの絵里、独身で年上バツイチの彼氏がいるそよかの幸せはそれぞれ基準が違います。それも現代女性を表していると感じました。

山本: どの世代もそうかもしれないですが、女性って親しい友人が4人くらい集まって「幸せ」について話をすると、同じことを話しているはずが、実は違うものについて白熱して話していませんか?おもしろいような、切ないような。人によって「幸せ」はまったく違う。それが楽しいから、みんなで集まって話すのでしょうけど。

――絵里のようにお金のある男性と結婚して養ってもらう人生もあれば、自立した恋愛をするそよかもいて、どちらが幸せかは本人が決めることかもしれませんね。

山本: 私の世代はバブル時代のトレンディドラマを見ている世代で、当時は絵里の考え的が一般的でした。ところが、いただいた読者の感想を読むと、今の時代は圧倒的にそよかが支持されています。絵里は時代遅れもいいところ。私はどちらかというと、そよかは嫌われるタイプだと思って書いていたんです。時代は変わったと気づかされました。ちょうど今が移り変わりの時期なのかもしれません。 

――今が移り変わりの時期と感じるのはなぜですか。

山本: どこかで絵里みたいに専業主婦になりたい、でも女性も自立しなきゃという気持ちもある。この両方の気持ちを持っていることが、今の時代の女性にとって生きていく難しさになっているのでは。でも、今はそよかの考え方がいいと思っても、あと20年ぐらい経つと、自分の娘たちに「古い」と言われることは覚悟しておいた方がいい(笑)。

――いつでも自分の考え方が新しいと思っていると痛い目に遭いますね。

山本: 3代の女性を通して、どんなに新しい人も古くなるということをうっすらと感じていただけたらうれしいですね。

――そう考えると、洋服の流行と似ていますね。

山本: 本当にそうですね。丈が短くなったり、80年代がリバイバルしたり……。
私も30代から40代のころ、自分は新しいと思いながら仕事をしていたのですが、ふと気づいたら60歳も目前。同世代の政治家が老害と言われて……(笑)。でも、みんないつかそうなるんです。なるべくなら、害にならないようにはしたいですが。
最近、時代の流れを顕著に感じているのはデジタルの進み具合。急速な進化についていくために、若い人に学ばないとSNSですらできない。これでは仕事にも支障がでるなと。

――日頃からSNSを積極的に使われていますよね。

山本: とにかくおいていかれないように、必死にしがみついています(笑)。

――逆に、若い人にアドバイスすることはありますか。

山本: 思わずしてしまうこともありますが、しないように気を付けています。アドバイスは説教になってしまうので。これだけ気を付けているのに、ついしちゃうんですよね。

悩むのもその人の自由、それを奪ってはいけない

――ある人物が「別に幸せになろうとしなくてもいいのよ。幸せにならなきゃと思い詰めると、ちょっとの不幸が許せなくなる」と言うシーンがあります。これは悩んでいる人やモヤモヤしている人の背中を押す言葉だと感じました。

山本: そうですね、背中を押す意識はないのですが、幸せ原理主義と言われたその人が最終的に出した結論だからこその重みがあります。幸福の反対が不幸というわけではないし、実はちょっとくらい不幸なのが普通なんじゃないでしょうか。

――読者としては、これでいいんだと腑に落ちました。エピローグは連載後に書き足されたそうですね。

山本: もともとプロットにはあったのですが、連載時は書きませんでした。本編を書いてみないとうまく書けるかわからなかったので。構想には存在していたお話です。

――読者からの反応で印象的だったものはありますか。

山本: おしゃれとかモテとかに自信のない男性からの反発ですね。胸の大きい女は強者だって。胸が大きいことがまさかコンプレックスになってるということにはまったく気が付かないんですね。

――都やその友達のように、悩んでいて視界がクリアにならない人がいたとしたら、どういう言葉をかけますか。

山本: そこで何か言うと説教になってしまうから難しいのですが……。悩むのもその人の自由だから、その自由を奪ってしまうのはいけないし。
最近、友達の悩みには答えないようにしています。答えることがケンカの素だったりするんですよ。あまり踏み込まないように、とにかく傾聴します。

―答えをあっさり出されたら、逆に反発したくなってしまうかもしれませんね。

山本: そうなんですよね。その人は悩みを話すことで救われている部分があるのだと思います。悩んで悩んで、もやもやし続けて、その人自身がそのうち自分で答えを見つけるんです。

――先生もご自身の中で悩んで考えているのですか。

山本: 私は自分の悩みをなるべく第三者の誰かが打ち明けてきたととらえて、他人事のように解決するようにしています。友達が同じことを相談してきたら何て答えるかなと考えます。たいていの場合は、そんなこと気にするなみたいな簡単な答えになるのですが(笑)。悩んだ時は、なるべく自分を突き放すようにして、あとはよく寝ることが大切です。

――小説を書かれた後にコロナの時代になって、何か感じることはありますか。

山本: 書き終えたのは随分前なので、まさかこんな時代になるとは思っていないかったですね。本当は東京オリンピックという言葉も入ってたんです。そのほかにも未来のことが書いてあるので、3年後ぐらいに文庫化する時は、少し手を入れるかもしれません。3年後もまだマスク生活かもしれないですので。

telling, 編集長。女性誌編集、WEBディレクター、PR、フリーランス編集・ライターを経て、2020年3月より現職。オフタイムは、ストイックにジムに通う、ただのクラオタ。好きな言葉は「低糖質」。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。