『母影』で芥川賞ノミネートの尾崎世界観さん「読者の『わからない』という感想もうれしい」(前編)

ミュージシャン尾崎世界観さんの最新作『母影(おもかげ)』。自身の出身地である東京都葛飾区を舞台に、学校で友達もできず、居場所のない少女とマッサージ店で働く母の日常が丁寧に描かれています。今回は、第164回芥川賞の候補作に選出された、世界観さんの『母影』について、その誕生秘話をうかがいました。
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子どもの視点で描くことで、音楽で表現している「ズレ」を作れると思った

――最新作『母影』は、小学生の女の子の目から見た母や学校、世間との関わりを描いた作品です。なぜ子どもの目線で物語を書こうと思ったのですか?

尾崎世界観さん(以下、尾崎): 音楽活動をしていく中で、知識と経験が重なるにつれ、理想がどんどん上がっていって、そこに身体が追いつかない瞬間を感じるようになりました。
考えていることが考えた通りにアウトプットされないストレスを作品として表現したいと思い、自分自身とは離れた題材で小説を書こうと決めました。
でも、いざそういった感覚を文章にしようとしてみると簡単ではなくて。

音楽でも、よく「降ってきた」という表現をしますけど……。メロディを作るみたいに細かく言葉にしなくてもある程度は形にできる、という事が文章ではまだできないんです。
そんな中、子どもの視点で書くことで自分が音楽でやっているような「ズレ」に近いものを表現できるのではないかと思いつきました。
大人になってから世間とズレていくことと、子どもだから知識がなくて世の中とズレてしまうこと。状況は真逆だけど、感じているストレスは一緒なんじゃないかと思ったんです。

――少年ではなく少女にしたのはどうしてですか?

尾崎: なるべく自分とのつながりを絶とうと思ったからです。
男の子の目線で書いていると、ある瞬間に「自分」に寄ってきてしまう。それがないように、女の子を主人公に選びました。

小説を読んで、感動したり泣いたりしてほしいわけではない

――書いていく上で難しさはありましたか?

尾崎: 子どもの目線で、狭い語彙の中で作品を書くのは大変でした。
「これぐらいの年の子はこんなことは言わないだろう」という壁によくぶち当たりましたね。でもその分、子どもの言葉を借りてこそ語れることも増えるんですよ。大人の考えとしては絶対おかしいけれど、こっちの方が伝わるんじゃないかという言葉を見つけられたり。
不便なことが多かったけれど、そういう言葉がたまに見つかるから頑張れました。

――設定やストーリー展開はしっかり決めて書き始めたのでしょうか?

尾崎: 何となく最初に決めてはいて、でもこれで書きあげられるかな、ゴールできるかなというのは常に不安でした。
とにかく子どもという存在自体が頼りないし、申し訳なく思っていました。ある程度過酷な展開を背負わせてしまうことも決めていたし。
でも、ただかわいそうなものを書きたいわけではなく、ひとつの生き方や生活を書きたかったんです。

――母と娘の物語ですが、どんなイメージで書き進めていましたか?

尾崎: 「お母さんは丸い玉みたいなもの」という表現が作中にあるのですが、これは自分の感覚を言葉にできたなと思う部分です。母親に対して、そういう人間じゃない何かだと思っていた時もあったし、何があっても裏切らない、裏切られないものだという思いもありました。信頼とも少し違う、もうちょっと屈折した感情というか。生まれてきてからずっと“ある”もの、という感じです。

ただ、小説で描いたあの親子の関係に対して、「読んだ方にこう思ってほしい」という正解はありません。
主人公からしたら、自分の意思とは関係なくでき上がった環境なので。それを受け入れたり、抗ったりする以前に、俯瞰した目でじっと現実を見つめているという行為を描きたかったんです。

作品を通して、「苦しんでいる人を助けてください」と訴えるつもりはなくて、彼女の人生を淡々としっかり描くことにこだわりました。

――「感動して泣いてほしい」とか、「世の中に一石を投じる」といったことではなく?

尾崎: 「泣けるよ」とか「笑えるよ」とか、そういう触れ込みの作品が増えていますよね。
ただ「泣ける」ということが良いと思っている人が多いのが不思議です。
だからこそ、この作品の発表は「何かしらの感情を得るためだけの作品」にはしたくなかったんです。

「別に、泣きも笑いも悲しみもしなかった。でも何か良かった。」その何かが何かを考えてみたい。そう思ってもらえる可能性を感じられたら良いと思って書きました。

「わかる」って「あきらめる」でもある

――作品を読んで、いい意味で「母娘像」がはっきりとわかりませんでした。

尾崎: 必ずしも「わかる」ということが良いこととは言えないですよね。読んだ人がいろいろな解釈をして、議論が生まれることが好きなんです。
わかるって、あきらめるという側面もあるから。「こういうことなんだ」と結論を出す時点で、あきらめている気持ちもある。
だから、「わからない」「もう1回読んでみよう」という感想を目にするとうれしいですね。

後編はこちら:尾崎世界観さん「小説は曲作りがうまくいかなかった時の逃げ道として書き始めた」(後編)

『母影(おもかげ)』

著者:尾崎世界観
発行:新潮社
価格:1,430円(税込)

現在肩書き無し。30歳の夏、港区での彼氏との同棲を解消、同時に8年マネージャーとして勤務した芸能事務所を退社する。ライター業ではお笑いやサブカルチャーに関するコラムをwebサイトに寄稿など。
写真家。1982年東京生まれ。東京造形大学卒業後、新聞社などでのアシスタントを経て2009年よりフリーランス。 コマーシャルフォトグラファーとしての仕事のかたわら、都市を主題とした写真作品の制作を続けている。
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