報道で分断を乗り越える方法とは? Netflix「この茫漠たる荒野で」トム・ハンクス主演、まさに今見るべき西部劇
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今回妻から勧められた映画は「この茫漠たる荒野で」である。妻はトム・ハンクスが出てくる映画がやたらと好きであり、そういう意味でも気になったらしい。しかしこの作品はトム・ハンクスの魅力だけでなく、「事実と物語」への信頼に満ちたいい映画でもあった。
新聞読み屋と孤児の少女、テキサス縦断の旅へ
舞台は南北戦争後、1870年のアメリカ。主人公であるジェファーソン・カイル・キッドは元南軍の大尉であり、現在は街から街へと渡り歩きながら新聞の読み聞かせで日銭を稼いでいた。そんなある日の移動中、キッドは襲撃されてひっくり返った荷馬車を見つける。その荷馬車の近くには、先住民の衣服を着た少女がいた。
付近を通りかかった軍人に「その少女を近くの町にある軍の検問所に連れて行ったら、担当者が親族に引き渡す手続きをしてくれる」と聞いたキッドは、やむなく少女を連れていく。馬車にあった書類から少女の名前はジョハンナだとわかったものの、ジョハンナは先住民のカイオワ族に育てられたらしく、英語もロクに喋れない上にやたらと反抗的。手を焼きつつ検問所までジョハンナを連れていったキッドだが、軍の人間から「担当者はインディアン居住区に出張に行っていて三ヶ月戻ってこない」と告げられる。
ジョハンナの氏名から記録を調べた結果、どうやらもともとジョハンナはドイツ系の移民であり、キッドのいる地点から640キロ離れたカストロヴィルに親族が住んでいることが判明。やむなく、キッドは自力でジョハンナを親族の元に届けることを決断する。しかし、まともにコミュニケーションも取れないジョハンナを連れてテキサスを縦断する旅には、多くの苦難が待ち受けていた。
監督を務めるポール・グリーングラスは、もともとジャーナリストだったという珍しい経歴の持ち主。実在の事件を題材とした映画を取りつつ、「ボーン・スプレマシー」以降は「キビキビしたアクションも撮れる」という強みも発揮。現実的な地に足ついた路線もスピーディーなアクションもイケるという、器用な映画監督である。
「この茫漠たる荒野で」では、グリーングラスの器用さがいい方向に発揮されている。南北戦争後、西部開拓時代のアメリカの風景はリアルに再現され、登場人物たちの服装にも違和感なし。馬車の操作の仕方や長距離を移動する際の食べ物の携帯の仕方など、リアル寄りな西部劇としても見どころは多い。
一方、アクション要素もアイデアが詰め込まれているのが嬉しい。特に中盤、あくどいゴロツキVSキッドとジョハンナのペアが銃撃戦を戦うシーンは、アクションを撮れる監督としてのグリーングラスの力量が発揮されている。当時の銃は連射ができないため、一発撃つのにも緊張感がある。そこを生かして、今時の派手な撃ちあいとはまた違った見せ方やアイデアが盛り込まれているのは、グリーングラスの面目躍如である。
そんなアイデアや見せ場を詰め込みつつ、キッドとジョハンナが徐々に心を通わせていく様子を丁寧に描く。なんせジョハンナは英語が話せないが、しかしカイオワ族に教えられた言語と彼らの世界観や信仰を受け継いでいる。そんなジョハンナの内面にキッドは戸惑いつつも理解を示し、苦難を乗り越える中でやがて二人には親子とも相棒ともつかない関係が芽生える。
「孤独なおっさんと少女の血が繋がらないコンビ」の映画はたくさんあるが、そこはさすがにトム・ハンクス。地に足のついたいい演技で、見ているこっちは「なんとかこの2人には幸せになってほしい……」という気持ちに。ジョハンナ役のヘレナ・ゼンゲルの演技も負けず劣らずの素晴らしさで、ほとんど「レオン」の時のナタリー・ポートマン級である。正直ストーリー自体はものすごく意外性があるわけでもないのだが、にも関わらずこの映画に見ている人間を引きずり込むパワーがあったのは、役者陣の奮闘も大いに貢献している。
事実と物語への信頼
「この茫漠たる荒野で」は西部劇ではあるものの、とても現代的な問題を扱った映画である。というのも、南北戦争後のアメリカはめちゃくちゃ派手に分断されていた時期だからだ。現在のアメリカには分断があるとはいうものの、日本から見ればいまいちよくわからないところもある。そんな国内の分断とはどういうものなのかを説明するためのモデルケースとして、「国を二分する巨大な内戦が、片方の勝利で終わった後」ほどわかりやすいものもないと思う。
まっぷたつに別れた国の"負けた方"であるテキサスを、同じく負けた方の退役軍人が、白人でありながら原住民に育てられた少女を連れて大移動する。なんせ負けたばっかりなので、テキサスの白人達の気分はまだほとんど戦前のまま。「なんでオレらが北軍の兵隊の言うことなんか聞かなきゃならねえんだ」と軍人に盾突き、ヤクザみたいな実業家が有色人種を働かせてバッファローを狩りまくる。今から見ればムチャクチャだけど、「これが分断か〜!」という感じでとてもわかりやすい。「もう一回アメリカをすごい国にしなくては」みたいなことを言う人が一瞬出てきたのも、意図的だと思う。
そんな中、キッドの仕事はニュースの読み聞かせである。ニュースを読むといってもアナウンサーのような感じではなく、「紳士淑女のみなさま、御機嫌よう!」とスタートし合間にアドリブを挟んで盛り上げる、一種のワイドショーやいわゆる報道バラエティのような形態の仕事だ。しかし映画が進むにつれてキッドの過去が明かされ、彼がどのような思いでこの仕事を続けているかがわかってくる。
また、この映画は「物語」や「報道」が持つ力についてかなり自覚的な作品だ。ジョハンナはキツい現実を物語や歌の形にして語り直すことで、厳しい状況を相対化して心身を守る。また、キッドも新聞に書いてある事実を人々に語って聞かせることで、それを聞いた人々を鼓舞することができる。事実にせよ創作にせよ、ストーリーというものが人々にどのように作用するかを描いた作品なのだ。
新聞の読み聞かせという仕事と、それが持つ影響力をしっかり描写することができたのは、グリーングラス監督がジャーナリスト出身であることと無関係ではないだろう。というか、この映画は「元ジャーナリストが考える、報道の役割や重要性」を描いた作品である。どれだけ派手に分断されたとしても、事実と物語の力で人は繋がることができるというこの映画のメッセージからは、グリーングラスが持つ自分の仕事に対する自負と信頼感が強く感じられる。
というわけで「この茫漠たる世界で」は、予想の範疇は出ないもののストーリーと役者の力で結末まで走りきり、「分断は事実と物語の力で乗り越えられる」というメッセージを伝え、それでいてしっかり観客の見たいものを見せてくれる作品だった。非常に手堅い作りだが、どうにも最近、こういうしっかりした大人の仕事を見せられるとグッとくるようになってしまった。見た目は西部劇だからいささかとっつきにくいかもしれないけれど、今こそ見るべき作品と言える一本だと思う。
「この茫漠たる荒野で」
監督:ポール・グリーングラス
出演:トム・ハンクス ヘレナ・ゼンゲル マイケル・コヴィーノ レイ・マッキノン メア・ウィニンガム ほか
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