「麒麟がくる」全話レビュー40

【麒麟がくる】第40話。松永久秀(吉田鋼太郎)炎の死。本能寺の変まであと5年!

新型コロナウイルスによる放送一時休止から3カ月弱、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が帰ってきました。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマもいよいよ後半戦、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。光秀にとって信頼できる相手、松永久秀(吉田鋼太郎)が最期のときを迎え、本能寺の変まであと5年。信長との関係に決定的に亀裂が入った40話を振り返ります。

死を覚悟した松永久秀

「十兵衛がはじめてわしに嘘をついたぞ。このわしに嘘をつきおった。十兵衛が!」(信長)
大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合日曜夜8時〜)第40回「松永久秀の平蜘蛛」(脚本:池端俊策 演出:大原拓)はサブタイトルどおり、松永久秀(吉田鋼太郎)、最期の大活躍。それは、光秀(長谷川博己)と信長(染谷将太)の決定的な亀裂を生んだ。

松永久秀は第1話から登場して、若き光秀(長谷川博己)に鉄砲とおおらかさをもたらした人物。陽気で豪胆、懐の深い久秀といるときの光秀は酒を飲んで羽目を外すなど、すこしばかり肩の力が抜けている。妻・煕子(木村文乃)とはまた違う気楽さが久秀との間にはあった。
歴史的には、光秀が尊敬していた将軍・義輝(向井理)の暗殺に関わったとも言われていた久秀だが、実は計画には参加していないことがわかってきた。だからこそ「麒麟がくる」では光秀と長く友情のようなものを育くむ物語が生まれたと考えることができる。

光秀にとってはとても信頼できる相手でも、信長(染谷将太)とはうまくいかなかった久秀。離反する決意を光秀に伝えるとき「そなた(光秀)とだけは闘いたくない」と涙を流す。でも意地にかけてこれ以上、信長に協力する気はない。久秀は死を覚悟し、大切な茶器・平蜘蛛を光秀に譲ると言う。

「これはわしじゃ! 天下一の名物なのじゃ。そなたに討たれたとしてもこれは生き残る。そなたの手のなかで生き続ける それでよいと思うたのじゃ」と覚悟を決める久秀に
「げせぬ げせぬ、げせぬ」と呻く光秀。
「平蜘蛛など欲しくはない! 戦などしたくはない!」
最近の光秀は駄々っ子のような物言いが増えた。偉くなってもうおじさんなのに。

天正5年、松永久秀は信長軍と闘い、炎のなか、仁王立ちで切腹して果てる。
部下たちには「首を箱に入れ茶道具とともに焼き払え」と命じて。
「げに なにごとも一炊の夢」「南無三宝」

炎にまかれて死んでゆく久秀を見て、ここまで炎の演出をやったら、本能寺の変では違う演出が用意されるに違いないと期待が高まる。残りあと4回のどこで本能寺の変は描かれるのだろうか。
いずれにしても「麒麟がくる」では久秀が本能寺の変の一端を担ったようなものである。

光秀と久秀の長い歴史

従来の戦国もので大活躍する柴田勝家(安藤政信)などを無能キャラとして描き、光秀と久秀の関係を手厚く描いているのはなぜか。もともと、これまであまり描かれなかった光秀を主役に据えたドラマであるから、従来とは違う角度で登場人物を描こうとすれば、爆死したという史実ではない派手なエピソードも人気の松永久秀と光秀を軸にするアイデアは新鮮だった。「麒麟がくる」は戦国時代の戦を描くのではなく、戦以外のものに価値を見出そうとしている者たちを描いている。だからこその茶器を愛す久秀。

キャスティング的にもちょうどいい。映画やドラマで注目されるようになる以前から舞台で共演していた先輩俳優の吉田鋼太郎が久秀を演じることになった時点で、光秀と久秀の関係を深く描く流れは出来上がったのではないか。演じているふたりの息の合い方は格別。1月15日に放送されたNHKの情報番組「あさイチ」のゲストに出た吉田鋼太郎へのコメントで長谷川博己が「夫婦」のようと言っていたのは、言い得て妙だった。

また、吉田鋼太郎の強烈なエネルギーは相手を奮い立たせ、その能力を極限まで高める力を持っている。役割的に地味になりかねない光秀が、久秀といるときだけ、空間を自在に使って生き生きしていた。終盤に入り、主人公として光秀が一気に飛翔するステップボードに吉田が全身全霊でなっているようで、それが役と重なり、胸が熱くなった。共に演劇をやってきた時間が、光秀と久秀の長い歴史として見えた。

信長が欲しかった平蜘蛛の行方を光秀は、知っていながら誤魔化す。2020年は「半沢直樹」の影響で激しい顔芸が人気だったが、光秀と信長はポーカーフェイス対決。この連載の担当編集Aさんいわく「腹芸対決」。まさに。表情を変えずに心の内を閉ざし、互いのわずかのすきを探り合う。信長の建てた城はやけに広く、光秀と信長の距離は遠い。ますます互いの心に手が届かない。
だが信長はわかっていた。
「十兵衛がはじめてわしに嘘をついたぞ。このわしに嘘をつきおった。十兵衛が!」

久秀が死んだときも吠えるように泣いた信長。帰蝶(川口春奈)も信長を捨ててひとり美濃へ向かう。頼りの光秀にも嘘をつかれ、高い山には信長ひとりしかいないことが、この巨大な荒野のような広間から寒々しく伝わってくる。

光秀のメンタルが心配

坂本城に戻った光秀に伊呂波太夫(尾野真千子)が平蜘蛛を届けに来る。きっと信長のはなった忍びが見ているに違いないけれど、信長は騙されたのをわかってもなお光秀を泳がすということなのか。なんてドM。ドSかと思ったらMだった。
もとからすこしエキセントリックだった信長。母親へのコンプレックスから来る承認欲求の強い人物と解釈できそうだったが、ここへきて、それだけでは片付かなくなってきている。
「言えば楽になれた。しかしなぜか言えなかった」「そうかこれは罠だ」と平蜘蛛を目の前にして、これ以上ないほど目を剥き慄いたときの光秀もちょっとおかしくなっている。

高い山に例えられる、国の頂点に立って統制するという行為には、一般人の想像を超えた領域。それは神であり魔でもある。その境は紙一重。
帰蝶はひと足早くその土俵から下りた。
その魔に立ち向かうには、久秀が言い残した「いかなる折も 誇りを失わぬ者。志高き者。心美しき者」が必要だ。この志高き美しき者のもとに麒麟がくるのではないか。

「戦が終わって穏やかな世になったら遊びにおいでなされ。渋くて おいしい茶を 一緒に飲もう。約束じゃぞ」と、光秀に言い残した帰蝶。
とはいえ、信長を神の領域に上らせたのは、帰蝶であり、光秀である。
「共に祟りをうけなければなりませんな」と光秀は言った。これには、三淵(谷原章介)が残した言葉――測りかねる主とどうつきあうかが「家臣の器」であるということ、主君と殉じる覚悟が思い浮かぶ。三淵の言葉を、光秀はどう自分の生き方に取り入れるか。
久秀の罠は、光秀の覚悟を問うもの。
本能寺の変(天正10年)まで、あと5年!
ここまで追い詰められても、まだあと5年あるとなると、光秀のメンタルが心配。
秀吉を演じる佐々木蔵之介の圧が久秀と別の意味で強大になって来ている。

〜登場人物〜
明智光秀(長谷川博己)…麒麟がくる世の中を目指し、戦をなくそうと奮闘している。

【将軍家】
足利義輝(向井理)…室町幕府13代将軍。三好一派に暗殺される。
足利義昭(滝藤賢一)…義輝の弟。室町幕府15代将軍。信長に追放される。

細川藤孝(眞島秀和)…室町幕府幕臣。義昭を見限った。
三淵藤英(谷原章介)…室町幕府幕臣。藤孝の兄。最期まで義昭に殉じた。

【朝廷】
正親町天皇(坂東玉三郎)…第106代天皇。光秀を気に入っている。
三条西実澄(石橋蓮司)…公卿、古典学者。光秀と帝を引き合わせる。
近衛前久(本郷奏多)…前関白。京都を追われている。

【大名たち】
織田信長(染谷将太)…尾張の大名からのし上がり右大将となる。
帰蝶(川口春奈)…信長の正室。信長を見捨て美濃に戻る。斎藤道三の娘。
木下藤吉郎(佐々木蔵之介)…信長の家臣。
柴田勝家(安藤政信)…信長の家臣。
佐久間信盛(金子ノブアキ)…信長の家臣。
徳川家康(風間俊介)…三河の大名。信長の娘が嫡男の嫁。
菊丸(岡村隆史)…家康の忍び。
松永久秀(吉田鋼太郎)…大和を支配していたが、筒井順慶に座を奪われ、信長に反旗を翻す。

【明智家】
煕子(木村文乃)…光秀の妻。病死。
たま(芦田愛菜)…細川ガラシャ。光秀の次女。藤孝の嫡男・忠興に嫁ぐ。
岸…光秀の長女。
明智左馬助(間宮祥太朗)…光秀のいとこ。
藤田伝吾(徳重聡)…光秀の忠実な部下。
斎藤利三(須賀貴匡)…明智家家臣。

【庶民たち】
伊呂波太夫(尾野真千子)…近衛家で育てられたが、いまは家を出て旅芸人をしている。
駒(門脇麦)…光秀の父に火事から救われ、その後、伊呂波に世話になり、今は東庵の助手。よく効く丸薬を作っている。
東庵(堺正章)…医師。敵味方関係なく、帝から戦国大名から庶民まで誰でも治療する。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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