「麒麟がくる」全話レビュー38・39

【麒麟がくる】第38・39話「麒麟を呼ぶ者が十兵衛様、あなたであったなら」光秀の妻・煕子死す

新型コロナウイルスによる放送一時休止から3カ月弱、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」が帰ってきました。本能寺の変を起こした明智光秀を通して戦国絵巻が描かれる壮大なドラマもいよいよ後半戦、人気ライター木俣冬さんが徹底解説し、ドラマの裏側を考察、紹介してくれます。信長と光秀の関係が危うくなりつつある38・39話。残りもあと少し。麒麟を呼ぶのは誰なのか……?

大河ドラマ「麒麟がくる」(NHK総合日曜夜8時〜)第38回「丹波攻略命令」(脚本:池端俊策 演出:藤並英樹)、39回「本願寺を叩け」(脚本:岩本真耶、河本瑞貴 演出:深川貴志)。年末年始に放送された2本は、織田信長(染谷将太)の力が強くなるにつれ、光秀(長谷川博己)との関係が危うさを帯びてくる。荒んだ環境下で唯一無二の理解者であり癒やしである妻・煕子(木村文乃)も亡くなって、光秀はどうなる……。

三淵藤英の美しい最期

38回はなんといっても三淵藤英(谷原章介)の気高き最期。信長は光秀に三淵に自害を命じるように言う。
その場面あと、百合の花がパツンと切られる。三淵がたま(芦田愛菜)に生花を教えているところへ、光秀が陰鬱な顔でやって来る。
「十兵衛殿が信長殿を選んだように私も公方様(滝藤賢一)を選んだ。それだけのことだ」と三淵は最期を覚悟する。弟の藤孝(眞島秀和)は幕府を見限ったが、彼は幕府とともに殉じるつもりで、「負け惜しみかもしれないが 捨てられる花にも一度は咲いてみせたという誇りがあるように見える。気のせいかな」とあくまでおだやか。
切腹の場面は、瞳のアップに溢れる涙のみ、白い布で覆われた向こう側は見せない。そして、たまが三淵に習って生けた百合の花が静かに飾られている様を、光秀が見つめている。哀しいけれど、美しい最期だった。

三淵の潔い行動を称えるようなエピソードがさらに続く。
稲葉良通(村田雄吉)と袂を分かち、光秀を頼って来た斎藤利三(須賀貴匡)が語る。
「侍たる者は己の主君に誇りを持たねば行くで命を投げうつことはできませぬ」
稲葉は、土岐頼芸にはじまって、斎藤道三、高政、龍興と次々と主を「乗り換え」てきた。「乗り換え」「乗り換え」「乗り換え」と三度繰り返し、その卑怯さを批判する利三。最後まで公方を裏切らなかった三淵とはえらい違いである。それを聞いている光秀も、世話になった朝倉を裏切り、公方派を宣言していたのに結局信長に仕えて、乗り換えてるよーと思うけれど、利三は、叡山での光秀の行動に感銘を受けていた。主君・信長の命令も、間違っていると思ったら反論できる光秀のような者の下で働きたいと思っているのだ。光秀は私利私欲で乗り換えるのではなく、広い目で世の中を見ていると理解している利三。稲葉はいつ自分が捨てられるかわからないが、光秀だったら守ってくれそうと踏んだのだろう。
利三の思惑は当たり、信長が利三を稲葉に返せと言うが、光秀は拒む。

命令は聞かないうえ、公方のことも三淵に対しても信長は非礼すぎると光秀に指摘されて怒った信長は「帰せ」「呼び戻せ」と光秀に対する愛と憎しみを出したり入れたり。
政治の話を卑俗な視点で見るのもなんだが、光秀と信長のこのやりとりは男女の痴話喧嘩みたいにも見えてくる。合わないところもあるけれど、長いことずっと一緒にやってきて、好きなところもたくさんあるというような。だからこそ合わないことに苛立つような。

一方、光秀と煕子の夫婦はただただ仲睦まじい。信長が自分には似合わないと言って与えた南蛮製の服を着てみた光秀を、煕子だけが「お似合いでございますよ」と全面的に褒める。みんなに笑われてむっとしていた光秀が煕子に褒められてまんざらでもない表情になるところが微笑ましい。それは煕子にしか見せない緩んだ顔だ。

「信じるに足るのは明智様かと」

39回になると、光秀の支え・煕子(木村文乃)がこの世を去る。
丹波攻略、本願寺攻略と、信長はますます勢力を伸ばしていき、戦に次ぐ戦の怪我が元で、光秀は重い病に倒れてしまう。
幸い回復するが、代わりに煕子が病に倒れる。やっぱり雨の中、お百度参りしたからか。
伏せる照子に寄り添う光秀。煕子に結婚を申し込んだとき、彼女がくれたなつかしい温石を見ながら、思い出に浸るふたり。
「麒麟を呼ぶ者が十兵衛様、あなたであったなら」という言葉を残して、天正4年秋、煕子は天に召された。

若い頃は武将としてなかなか活躍の場に恵まれなかった光秀に尽くし続けた煕子にも、三淵のような一度決めた人に尽くし抜く心を感じる。
貧しい時代は髪の毛を売ってまで光秀を支えたことが語り伝えられていて、それを松尾芭蕉が「月さびよ明智が妻の咄しせむ」と詠んだ。光秀夫妻は福井県の称念寺の門前に住んでいたことがあって、そこに松尾芭蕉が訪れたときに詠んだものだとか。玉(のちのガラシャ)はこのお寺で生まれたという。

玉に信長は建設中の安土城を見せてやると言う。「日輪のように光り輝く城」「夢の城じゃ」と得意げ。そして、松永久秀(吉田鋼太郎)が守っていた大和を筒井順慶(駿河太郎)に任せると言って光秀を困らせる。
信長を抑えることができる人はもういない。信長の娘(徳姫)を嫡男(松平信康)の嫁にもらった家康(風間俊介)は、初孫誕生の報を知らされていた。初孫は女の子で、これもなんだか不穏(この時代は絶対的に跡継ぎは男と考えられていた)。
家康に、菊丸(岡村隆史)は、信長は「今は三河のことなどお忘れではないかと」「信じるに足るのは明智様かと」と進言する。
信長が勢力を広げれば広げるほど、評判は悪くなるばかり。
帝(坂東玉三郎)に対してもおそれを知らぬ態度の悪さで、それが蘭奢待の半分を受け取らず、信長と反目し合っている毛利輝元に送ってしまったことを根に持ってのこと。褒められれば喜び、ないがしろにされると恨む。素直といえば素直だけれど、まったくめんどくさい人物である。光秀はこんな困ったちゃんの信長に最後まで仕えることができるのか。もう乗り換える人はいない。煕子の言うように「麒麟を呼ぶ者に俺はなる!」と立ち上がる時ではないか。光秀の眉間の皺が深くなっている。

ドラマ、演劇、映画等を得意ジャンルとするライター。著書に『みんなの朝ドラ』『挑戦者たち トップアクターズルポルタージュ』など。
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