自分を変える、旅をしよう。

旅のハプニングも前向きに。私がスケッチで旅の記録を残すようになったワケ

旅によって人生が変わった人や、旅を通した生き方をリーマントラベラーの東松寛文さんが紹介する「自分を変える、旅をしよう。」。19回目に登場するのは、アーティストの溝尻奏子さん。初めての旅でのハプニング、イギリス留学など、前編では旅にハマったころのお話をうかがいました。
「旅は人生の楽しい瞬間を増やしてくれる」旅をすることで気づく、日常の大切さ 「経験に時間とお金を費やしたい」旅の荷物を最小限にして気づいたこと

●自分を変える、旅をしよう。#19 溝尻奏子(34)前編

リーマントラベラーの東松寛文です!今回お話をうかがうのは、アーティストの溝尻奏子さん。溝尻さんのInstagramには美しい旅のスケッチがたくさんアップされています。初めての旅から旅の記録をイラストで残すようになった理由まで、うかがいたいと思います。

東松寛文(以下、――): Instagramのイラスト、拝見しました。本当にステキですね。溝尻さんは旅にハマる前は、どのような働き方や生き方をしていたのですか?

溝尻奏子さん(以下、溝尻):  私は旅にハマる以前から、芸術の道に進んだ時点で一般的な企業に勤めることはないだろうと考えていました。東京藝術大学大学院2年生の夏から2年間休学してイギリスの美術大学に留学しました。10月から日本に戻って修了制作を作り、展示が無事に終わった頃、某美術高校の育休代理非常勤講師の話がありました。

――それで学校の先生になったんですね!

溝尻: 「とりあえず1年間は東京にいながら学校で働いて、その先はまたその時に考えよう」と思っていましたが、1年ごとに契約を更新してもらえることになりました。そこで、平日の数日、午前は学校で教えて、午後はフリーランスでイラストなどの仕事をしたり、ギャラリーや展覧会、映画を観たりと充実した時間を過ごしていました。学校の夏休みと冬休みを利用して1か月から1か月半、海外へ旅するのが習慣になりました。その期間は収入がない分、仕事のやり取りもないので、一人で自由に動くことができます。好きなだけ絵を描くことにハマって、メリハリがついていたのもこの頃です。

2014年に初めてエストニアに行った時・タリン港から沈む夕陽をスケッチ

――仕事とやりたいことのバランスがよくてうらやましいです。その頃、悩みや気にしていたことはありましたか?

溝尻: 悩みは特にありませんでした。お金は生活と旅行に困らない程度あればよかったので、収入はすべて旅行に使って貯金はありませんでしたが、充実していたので不安はなかったです。強いて言えば、昔から子どもが好きで、できればいつか親になりたかったので、妊娠や子育ての期間を考えて、いずれは結婚も考えないと、くらいの悩みでしょうか。

――ところで、溝尻さんはいつから旅をしているのですか?

溝尻: 初めての旅は、20歳の夏休みに友人と妹と3人で行った3週間の北欧・中欧です。旅の目的は、友人が好きな北欧デザインを巡ることと、ドイツのカッセルで5年に1度開かれる「ドクメンタ」という現代アートの展覧会を観に行くこと。そのほかにも各国で西洋美術を見てまわりました。今のようにどこでもiPhoneで調べられない時代だったので、春頃からガイドブックやトーマスクックを買い、日本からホテルや電車の予約もして、入念に予定を立ててから旅に出ました。

――確かにiPhoneなどのスマートフォンが登場して、旅のスタイルも変わりましたね。

溝尻: ところが1か国目のスウェーデンからハプニングが発生!オープンカフェで楽しく食事していたところ、友人がスリに遭い、パスポートを紛失してしまいました。数日で再発行してもらえて、予定を変えずに旅することができましたが、旅慣れない3人にとって、気を引き締めるきっかけにもなりました。

エストニア・タリン港から眺めた夕陽を陶芸で再現したもの

――最初から大変でしたね。初めての旅で印象に残っていることはありますか?

溝尻: 印象的だったのは、絵画が豪華絢爛な建築と調和していると気づいたことです。調度品と合った額装がされていたり、時には絵画のために展示空間が準備されていました。美術館だけでなく、多くの人が絵画を目にする機会にも恵まれています。日本では単体で観ていた彫刻が建築の一部として存在し、街のいたるところに普通に置かれているのも衝撃でした。美術館が市民にとって身近な存在で、優れたデザインが生活にとけこんでいるという、日本との違いを強く感じて、憧れを抱きました。

――確かにアートとの距離感は日本とは違うかもしれませんね。溝尻さんが今のように旅にハマったきっかけは、いつどこへ行った時ですか?

溝尻: 2012年にペルーとボリビアに1か月間女子二人旅をしてからです。行きの飛行機だけ予約して、あとはその場その場でホステルや移動手段を決めながら旅をしました。無計画でもなんとかなるものだなとわかり、いろいろな国の人とホステルや現地ツアーで知り合ったのも刺激的でした。なかには、旅先で働きながら5年近く世界をめぐっている人や子連れで1年以上旅を続けていた人も。行き当たりばったりの旅の魅力に気づきました。

――そこから旅のスタイルが劇的に変わったわけですね。

溝尻: そうですね。翌年のイギリス留学中にもクリスマスやイースターなどの短い休暇を使って旅行に出かけました。長くても2週間以内なので、荷物は整理してコンパクトに。iPhoneをなくして、ショートメールが送れるだけの通話用携帯しか持っていなかったので、写真を撮るかわりにスケッチで記録を残すようになりました。旅先でスケッチをすること自体は2007年から始めていたのですが、2013年暮れからはその量が増えました。今ではスケッチなしの旅行は物足りないと感じてしまうほどです。

2015年にイギリス・サリー州で開かれた友人の結婚式で

――iPhoneを紛失したことで本格的にスケッチ旅をするようになったんですね。それ以外の変化はありましたか?

溝尻: このころのショートトリップは、地球の歩き方オリジナルエディターズキャリーバックパックで行っていたのですが、転々とするには荷物が大きくて邪魔だなと感じていました。留学を終えてから東京に戻るまで約2か月間、欧州を周遊した時は思い切ってキャリーバックパックについていたデイパックひとつで出かけました。容量が9リットルとかなり小さいので、荷物を選んで、スケッチブックとクレヨン・鉛筆と必要最低限の衣類だけ入れました。これだと機内に持ち込めるので、空港に着いたときに荷物が出てくるのを待つ煩わしさもないし、宿に寄らずにそのまま街に出てデイパックを背負ったまま絵を描くこともできます。小さな荷物で移動できたことは、旅の行動範囲と活用できる時間をぐっと広げてくれました。

後編もお楽しみに!

「旅は人生の楽しい瞬間を増やしてくれる」旅をすることで気づく、日常の大切さ 「経験に時間とお金を費やしたい」旅の荷物を最小限にして気づいたこと
平日は激務の広告代理店で働く傍ら、週末で世界中を旅する「リーマントラベラー」。2016年、毎週末海外へ行き3か月で5大陸18か国を制覇し「働きながら世界一周」を達成。地球の歩き方から旅のプロに選ばれる。以降、TVや新聞、雑誌等のメディアにも多数出演。著書『サラリーマン2.0 週末だけで世界一周』(河出書房新社)、『休み方改革』(徳間書店)。YouTube公式チャンネルも大好評更新中。
リーマントラベラー