telling, Diary ―私たちの心の中。

一番しんどい時に一緒にいてくれた相棒を捨てた話

なまめかしく妖艶な表現力で性別問わず見る者の目を釘づけにするポールダンスのダンサーであり、注目のブロガー、ライターでもある“まなつ”さん。彼女が問いかけるのは、「フツー」って、「アタリマエ」って、なに? ってこと。 telling,世代のライター、クリエイター、アーティストが綴る「telling, Diary」としてお届けします。

20代前半、ありとあらゆるストレスを解消するため、狂ったように旅をしていました。
「ここではないどこかに行きたい」と、日本から地理的に一番遠いというだけで選んだペルー。
「見たことのない景色が見たくて」奇岩がそびえるビーチで有名なタイ・クラビー。
「ゴヤの絵画『我が子を食らうサトゥルヌス』を生で見たい」ので、スペインのマドリッド。

どれも貧乏旅行でしたが、時間だけはあったのでゆっくりと現地で過ごしました。
街中をただ歩いてみたり、カフェでお茶を飲むだけの日を作ったり。
そうやって自分の普段の生活とかけ離れた場所で過ごすことが、何より心の癒しになりました。

持っていくものはできるだけ少なく、手荷物カバンが一つとボストンキャリーが一つ。
初めての留学の際、悪名高いヒースロー空港でロストバゲージに遭ってから、荷物を預けるのがトラウマになってしまいました。それ以来、機内持ち込みできる分のみ持ち歩いています。
通販で買った、OUTDOORのカラフルなボストンキャリー。最低限の服と化粧品、ノートPCなどを入れれば旅の支度はおしまい。
南米からヨーロッパまで、世界中どこに行くにも一緒だった私の相棒。

南米なんて、危ないんじゃない?スペインだってスリが多いとか聞くよ?なんて、旅をあまりしない人からは心配されたりもしましたが、不思議と危ない目に遭ったことはありません。

夜間に一人で出歩かない、危ないエリアに行かないなど気をつけてはいます。それでも単に幸運なだけかもしれないし、油断はしない。

あえてバックパッカー風の装いをしたり、アクセサリーをしないのも用心の一つ。

機内持ち込みを小型のスーツケースではなく、ボストンキャリーにしたのもそれが理由でした。
ピカピカのスーツケースを転がしていたら「私はお金を持ってます」と思われるのでは……という不安。念には念を入れて、相棒にわざとボロ布を巻きつけて南米に持って行ったのも良い思い出です。

そんな世界中を飛び回った相棒ですが、転がしまくったせいか、つい先日、車輪が壊れてしまいました。
車軸が斜めになってしまい、もうまともに使えそうにありません。
仕方なく、処分することを決めました。

相棒をゴミ置場に持っていった朝。
捨てると決めたのは自分だけど、あまりに名残惜しくて写真を撮りました。
ゴミ捨て場を離れがたくて、いろんな思い出が蘇ってきて、その場を立ち去る気になれません。
今までいろんなところに一緒に行ったね。

随分乱暴に扱ったよね、よく見たら底に穴も空いてる。変なシミもついてるし。最後に綺麗にしてあげたらよかった。
ここまで着いてきてくれてありがとう。失恋して死ぬほど辛い時も、仕事を辞めた時も、自分が何をしたいかわからなくて苦しかった時も、一番しんどかった時に一緒にいてくれたのは、もしかしたら君だったのかもしれないな。
端から見たら、早朝のゴミ捨て場でボストンキャリーを前に半泣きの怪しい人物だったでしょう。

別れを惜しみに惜しんだ後、ふと思いついて、ボロボロになった取っ手を切り取って手元に置いておくことにしました。
一緒ならどこに行っても、危ない目に遭うことはなかった。一番辛い時、そばにいてくれた。

君が一部でも残ってくれたら、お守りのようにいつでも旅の荷物に忍ばせておける。
これからの旅も懲りずに付き合ってもらいましょう。さよなら相棒。そしてこれからもよろしく。

ポールダンサー・文筆家。水商売をするレズビアンで機能不全家庭に生まれ育つ、 という数え役満みたいな人生を送りながらもどうにか生き延びて毎日飯を食っているアラサー。 この世はノールール・バーリトゥードで他人を気にせず楽しく生きるがモットー。
まなつ