アート界のインフルエンサー フォロワー1・7万人のゆるキャラ・タラ夫を解剖します!

魚の体に、すね毛の生えた二本脚。キモイとカワイイのはざまで人気を集めているタラ夫というゆるキャラがいます。3年前に朝日新聞文化事業部が手掛けた美術展の公式キャラクターとして登場し、今やアート界でインフルエンサー?! タラ夫の正体に迫りました。

「来てくれてうれしい」「今日イチ、テンションがあがりました」。9月初旬、東京・六本木のサントリー美術館を訪れたタラ夫は、スタッフから熱烈に歓迎されていました。
タラ夫のパペット(腕につける人形)を携えた“中の人”は、学芸員の話を聞きながら、スマートフォンでサクサクと作品の写真を撮影。「もう彼(タラ夫)とは3年以上付き合ってますから……」。数日後にはさっそくツイッターにタラタラした投稿が行われていました。

昨年から文化事業部に在籍する私は、タラ夫と一緒に美術館や芸術祭を巡り、行く先々で人気の高さを目の当たりにしてきました。
宮城県石巻市で行われた芸術祭「リボーンアート・フェスティバル」では、中の人のバッグからはみ出していたパペットを、女性客に発見され「本物だ、触らせてください♡)」と、なで回されたこともありました。ツイッターのフォロワー数1万7千人は伊達ではない!

コロナ禍で活動の幅を広げるべく、YouTubeでの動画配信も始めたタラ夫。

YouTubeではアマビエにも化ける

ある美術館の広報からは「展覧会を紹介してもらえると数字(来館者)が伸びるんです」と耳打ちもされました。

ブリューゲル作品からモンスターハント?

そもそもタラ夫は2017年、東京・上野の東京都美術館で開かれた「バベルの塔」展の公式マスコットとして誕生しました。この展覧会では、貸し出し機会がまれな画家・ピーテル・ブリューゲルI世の傑作《バベルの塔》と、残存数が極めて少ないヒエロニムス・ボスなど16世紀ネーデルラントの画家の作品を中心に紹介しました。

ブリューゲルは作品で、奇妙な怪物の数々も描いており、「その造形は現代の感覚で見ても新しい!」ということを伝えるために、怪物たちを「キモかわいいモンスター」として切り出して見せる、という広報戦略が練られました。

その戦略の元に生み出されたゆるキャラこそが、タラ夫だったのです。北方ルネサンス絵画特有の暗い印象を中和したいという狙いもあったといいます。
制作にあたっては、ブリューゲルの作品に登場する多くの怪物からふさわしいキャラを選ぶべく、“モンスターハント”が行われました。当初は空飛ぶ深海魚のような怪物なども候補にあがりましたが、最終的には《大きな魚は小さな魚を食う》(1557年)という作品の隅っこに描かれていた二足歩行する魚の怪物が選ばれました。これがタラ夫の原型です。

ピーテル・ブリューゲル1世(下絵)/ピーテル・ファン・デル・ヘイデン(版刻)「大きな魚は小さな魚を食う」1557年 Museum BVB, Rotterdam, the Netherlands

担当チームは、原型をもとに外部デザイナーにキャラクター化を依頼。日曜夕方の国民的アニメに登場する主人公の息子の名前が商標登録されていないことを確認したうえで、タラ夫と命名されました。

展覧会の報道発表会でお披露目された後、16年秋からツイッターなどで広報活動をスタート。「キモカワをキーワードに活動すれば、幅広い層に刺さるのでは」というチームの読み通り、展覧会特集をした雑誌などで取り上げられ、フォロワーは着実に伸びていきました。

サントリー美術館の「ART in LIFE, LIFE and BEAUTY」展で、所蔵品の重要文化財《泰西王侯騎馬図屛風》(17世紀初期、展示期間終了)を見るタラ夫。同展は会期終了し、現在は「日本美術の裏の裏」展が開催中

初期のタラ夫は、ボール紙に貼り付けたイラストに割り箸を刺して作った人形として、活動していましたが、人気の高まりに応えて、腕につけるパペット人形へと進化を遂げました(このパペットこそが、現在も稼働しているタラ夫です)。順調にフォロワーを伸ばすタラ夫には、さらなる広報予算が投下され、等身大の着ぐるみも作られました。バベルの塔と東京タワーが「友好タワー」となる提携式では、着ぐるみタラ夫が、東京タワー公式キャラクターノッポン兄弟と登場するといった話題も振りまきました。

公式キャラクターなのに閉幕後も…

展覧会の公式キャラクターは通常、期間終了後に消えていく定めです。しかし、ファンの熱気にも押されたタラ夫は、バベル展閉幕後も延命。同展の広報担当者の熱意もあって、アートにまつわる投稿を続けていると「まだ生きている!」と話題になり、新たなフォロワーを生み出して……。

展覧会のPRにタラ夫を使いたい美術館側から「会場に来て欲しい」とオファーが来ることも増え、最近では疫病退散の妖怪「アマビエ」にちなみ、「タラビエ様」と称して各館を回る機会も出てくるなど、その活動量は衰え知らずです。一方、長年にわたり外回りを続けるタラ夫からは、哀愁がそこはかとなく漂うことも。そんな時は、“中の人”が、ほつれを縫い、汚れを洗い、愛情たっぷりにお手入れをしています。

ノッポン兄弟とご対面したタラ夫。等身大の着ぐるみは、バベル展終了後に海外所蔵館に贈られた=2017年、東京都港区の東京タワー

アートテラーも絶賛の「魅力」!?

元吉本芸人で「アートテラー」として活躍するとに~さんはタラ夫を、「美術館公式のキャラも含め、アート界のゆるキャラの中で、知名度は群を抜いています。ジャンルにこだわらず全方位で展覧会を紹介するし、出没範囲も全国各地」と評します。そのうえで「展覧会の紹介ではなく、酷暑についての『熱くて溶けそう』といったツイートがバズっているところなんかは、告知もするけどプライベートもさらす芸能人のツイッターを見ているよう。キワモノから出発したはずなのに、“キモい”という人は今やほとんど聞きません。タラ夫は次のフェーズに入った感があります」と、その活躍に舌を巻きます。

ちなみに、バベル展の学術監修者によると、ブリューゲルの《大きな魚は…》の絵に出てくる魚たちは、特定はできないものの、タラの可能性もあるそうです。存在基盤はやや柔らかめだけれど、人気は底堅いタラ夫。アート界で今後の動向が注目されるキャラクターであることは間違い無さそうです。

千葉県生まれ。大学時代は科学史・科学哲学を専攻し、2005年、朝日新聞に入社。 文化くらし報道部で、別刷り「be」、文化庁、ファッション、読書、美術を担当し、19年から文化事業部 で美術展の企画や運営に携わる。旅、オカルト、ミステリー、B級スポットを偏愛