ミレニアルズ視点のアート論

【ミレニアル学芸員が解説】 KOHH「ひとつ」(director’s cut)MVに見る、コロナ前と変わらないものの存在

ミレニアル世代の学芸員がさまざまな視点で文化やカルチャー、アートについて語るリレーコラムを始めます。第1回目は、ラッパーKOHH「ひとつ」(director’s cut)のミュージックビデオをミレニアルズ視点で鑑賞します。

●ミレニアルズ視点のアート論 #01

私は美術館で学芸員という仕事をしています。
私の仕事内容は、展覧会づくり、作品の調査や管理、絵画コンクールや最近ではインスタライブによる作品解説など教育普及プログラム企画が主で、美術館の温湿度管理やIPMと呼ばれる害虫対策なども含まれます。

なかでも展覧会をつくることは学芸員の重要な仕事のひとつです。展覧会開催までの道のりには、他の館と連携して作品を貸したり借りたり、展示プランを何度も練り直したり、展覧会に付随する書籍や広報物を制作したり……と膨大な業務があり、数年をかけて取り組みます。

本コラムは、私たちミレニアル世代の女性学芸員によるミレニアル世代の女性に向けたリレーコラムです。私の担当するコラムでは、みなさんとコラム上で作品鑑賞をしてみようと思います。

作品鑑賞から得られるものは多々あります。豊かな色彩や美しい描線は、癒しや活力を与えてくれます。私たちの想像力を拡張させ、それまでの常識を更新するほどの力を持つ作品もあります。情報過多で、多様な価値観にあふれる現代を生きる私たちには、高い理解力が求められているように思います。 圧倒的な美しさに心が揺さぶられる体験や、物事を注意深く考察する習慣が私たちにはもっと必要ではないかと強く感じます。

私たちは同じ「ミレニアル世代の女性」ですが、それぞれに過去、現在、未来があります。むしろ、私たちの共通点は「女性であること」と「同じ時代を生きてきたこと」の2つだけかもしれません。これまでを、そしてこれからを共に生きていくみなさんと作品を共有することで、時代を生き抜くための新たな武器を手にすることができればと願っています。

芸術作品には絵画、彫刻、写真、工芸、インスタレーション、演劇などさまざまな表現のスタイルがありますが、今回はミュージックビデオを鑑賞してみようと思います。ミュージックビデオは、私たちが幼少期から親しんできた、もっとも日常的に鑑賞する作品のひとつではないでしょうか。

今回私が選んだものは、419日にHAVIT ART STUDIOのYouTubeチャンネルで公開されたKOHHの「ひとつ」(director’s cut)と題されたミュージックビデオです。作品鑑賞のポイントは丁寧に見つめ、想像を膨らませることです。

それでは早速観てみましょう。

みなさんはこの作品をご覧になってどのように感じましたか?
印象に残るシーンはありましたか?

作品は、薄暗い廊下から始まります。
男の足元に体液のような、けれども体液とは質感の異なるギラギラとした液体が流れ、床を満たし、男は裸足でその上をゆっくりと歩いて行きます。
強い光が差し、飛蚊症のような目の霞みに似た映像が一瞬よぎると、遺骨を箸渡しする場面に切り替わります。夕暮れの海に子供が跳ねます。

海(あるいは湖のようにも見えます)をバックにした草地の上で、白髪混じりのダンサーが踊ります。タトゥーが彫られた皮膚が波打ちます。(ここでは部分のみが映されていますが、KOHHの腹部に彫られた「YELLOW T2O」の文字は父の名を指しているとのことです)
若い眼と年老いた眼が順に映り、互いを見つめているかのようです。風船を手にした少年は水の入っていないプールの底に立っています。
「愛されてる」「ひとつ」と繰り返す声。

背広に着替えたダンサーは赤い花を一輪手にしています。
終盤のシーンでは少年が倒れ、血が流れている様子が上空から映されます。ダンサーは胴上げのように横たわった状態で人々に持ち上げられ、手にした花とともにゆっくりと水中へ沈んでいきます。
最後の場面では誰もいなくなった草地に風車だけが風に吹かれ回っています。

作品について調べてみるとこのようなことがわかります。

本MVはKOHHとしての作品ではなく、2019年2月にサプライズリリースされたアルバム『Untitled』の冒頭を飾る「ひとつ」に感銘を受けたHAVIT ART STUDIOが独自に企画し、 2019年5月より制作を開始。(*1)

KOHHはカリスマ的人気を誇るラッパーでありながら、今年の初めにKOHH名義での引退を宣言したことで話題を呼びました。作中に登場するダンサー、田中泯は1960年代にクラシックバレエ、モダンダンスを学び、1970年代からは独自の身体表現を追求し続け国内外で高い評価を受けています。ミュージックビデオを制作したHAVIT ART STUDIOは、2013年に今野里絵と大橋尚広によって活動をスタートしました。ヒップホップや人気アイドルなど多岐にわたるジャンルのミュージックビデオを250作品以上手がけるものの、実態は謎めいた集団です。(*2)

引用した通り、本作は2019年5月に制作が開始されたものですのでコンセプト的な関係性はないものと思われますが、私はこの映像に現在の状況を重ねて考えてみました。この数カ月間、私たちを取り巻くあらゆるものが日々刻々と変化し、世界中の多くの人々の生活が一変しました。物事の優先順位はがらりと入れ替わり、毎日が自らを律することと自己決断を迫られる日々。そんな状況下でふと辺りを見渡せば、かつてと変わらないものの存在が一層際立ちます。例えば、自然や愛や生死などです。そうした目に映るものや想像し得ることの範囲を超えた存在に想いを馳せながら私はこの作品を観ました。

単に眺めるのではなくじっくりと鑑賞することで、私たちは作品の世界へ足を踏み入れることができます。そうしてまた自分の世界へ戻ってきたとき、私たちは自分がアップデートされたことに気がつくでしょう。それこそが、芸術が私たちにもたらす力だと私は考えます。

さて、みなさんはこの作品をどのように感じましたか?

(*1)日本コロムビア株式会社プレスリリース

(*2) SWAMP「結成から『リンデン・バウム・ダンス』まで 『LAPSE ラプス』HAVIT ART STUDIO 今野里絵監督インタビュー」

Album untitled(2019)(日本コロムビア)

価格:3,000円+税

albumworst -Complete Box-(2020)(日本コロムビア)

価格:5,454円+税

https://columbia.jp/artist-info/KOHH/

1991年、五島列島生まれ。私設美術館の立ち上げを経て、2017年より中村キース・ヘリング美術館にて学芸員として勤務。展覧会企画(「Keith Haring: Art is Life. Life is Art.」/韓国・ソウル/2018年 等)を中心に、絵画コンクールやキッズアートキャンプなどの教育普及活動を担当。現在はブランディング・マネージャーを兼任しSNS運用を勉強中。