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【グラデセダイ54 / かずえちゃん】「ふつう」ってなに?

「こうあるべき」という押しつけを軽やかにはねのけて、性別も選択肢も自由に選ぼうとしている「グラデ世代」。今回はYouTubeを通してLGBTQのことを発信している人気YouTuber、かずえちゃんのコラムをお届けします。あなたにとっての「ふつう」とは?

●グラデセダイ54

①「ふつう」ってなに?

 周りの男子が「同性」に興味を持ち始めていることに気づいたのは小学校5年生のときだった。
「異性」に興味を持ち始めていた僕はほかの男子と違うのかも……そう感じた。

小学生だった僕は「ちがう」ということはダメなこと、恥ずかしいことなんだと子どもながらに感じていた。

そして、周りの男子と「ちがう」自分の感情が少し怖かった記憶がある。

 しかし振り返ると、これまでも周りの男子と違うところなんてたくさんあった。
得意なスポーツ、習いごと、好きなTV番組、好きな給食のメニュー、好きな科目、好きな先生……。

でもなぜか「この違い」だけは言えなかった。 

TVが娯楽の大きな柱だった当時、いつだって描かれているのは「同性同士」のカップルや「同性同士」の結婚ばかりで「異性」のそれを見たことがなかったし、異性が好きな男性のことを「オカマ」という言葉でイロモノ扱いしたり、笑いモノにしたり……。

「異性」に興味を持ち始めた僕は「女の子が好き」と誰にも話すことができなかった。
そして、僕と同じ「異性愛者」の人たちはどんな気持ちだったのだろうと思う。

かずえちゃんのYouTubeチャンネルでは、子どもたちが見ても伝わりやすいようにイラストを使い、LGBTQを通して人権について考える動画も公開中

②「ふつう」ってなに?

 小学校に入学するとき両親が「黒」のランドセルを買ってくれた。
でも本当は「赤」のランドセルが欲しかった。

男の子は「黒」
女の子は「赤」

誰が決めたのか、僕は最初から「黒」のランドセルと決まっていた。
でも、制服は自分の好きなものを選んでよかった。
「自分の好きな方を選んでいい」そう言われたけれど……。

 本当は知っていた「この子は男の子だからズボンを選ぶだろう」って思っていたことを……。
だから僕は親が望んだ通り、ちゃんと「ズボン」を選んだから、親はこう思っただろうな……。
「よかった【ふつう】の子で」と。

小さいけれど僕はわかってた。
みんなと「ちがう」ことは親を困らせることだし、みんなと「一緒」が一番安心するってことくらい。
でも「好きなもの選んでいいよ」って言われて、僕が「スカート」を選んで、両親が「いいよ」って言ってくれたとしても、僕はみんなに合わせてやっぱり「ズボン」を選んだかもしれない。

だって、男がスカートなんてはいていたら、みんな変な目で見るし、変な人って思われるし、親も先生も困るだろうし、そして何より僕はそんな毎日に耐えられる自信がなかったと思うから。

 ③「ふつう」ってなに?

中学、高校と進むにつれて自分のなかにある「異性」への興味、関心が大きくなっていることを感じていた。

自分のことなのに、自分の感情に気づかないフリをしたり、否定したり、治そうとしたり……。
治らないとわかっているのに止められなくて、そんな自分が嫌になるし、そして嫌になればなるほど「なんで自分だけ」ってなるし、
人が羨ましく思うし、それが続くと羨ましさが妬みに変わるし、またその妬んでる自分が嫌いになるし、

なんかもう人生やめたいって思うし、でも本当はやめたくないし、でもどうすればいいかわかんないし、ひとりだし……。

 あのとき僕には「家(HOME)」はあった。
でも「居場所(HOME)」はなかった。

高校生になると、周りには同性のカップルがたくさんいた。
クラスの男子たちは授業が終わると、隣のクラスの彼氏のところに行き、一緒にお弁当を食べたりしてとても楽しそうだった。

ずっと携帯を触りながら「彼氏から連絡がない」と心配する男子もいた。
サッカー部の先輩の話で盛り上がる男子、恋バナする男子、編み物する男子、みんなみんな楽しそうだった。

 このクラスには、僕のような「異性」に興味がある男子がいるなんてこと誰も想像できなかったよね。
だって、そんなこと誰も教えてくれなかったもんね。

でも本当は先生も、親も、大人たちも誰にも教えてもらったことがなかったから「どうやって」教えていいのかわからなかったんだろうね。

いっしょに「ふたりパパ」のYouTubeを見ている、かずえちゃんの姪っ子、甥っ子

子どもたちに、精神的なホームを

 この3つの【「ふつう」ってなに?】は、これまでに僕がインタビューした中学生、高校生たち、そして自分自身の話を織り交ぜながら書きました。

「人は、その人の周りにいる5人の平均値」と言われています。

子どもたちにとっての社会とは、「学校」や「クラス」「教室の中」などとても限定された空間です。
幼ければ、幼いほど、その社会はとても狭くて、小さなものだと思います。

 その狭さに、僕らは大人になり気づくことができたけれど、子どものときは「その小さな社会」がその子の「すべて」なのです。

 僕が子どものころ、クラスには自分と同じ「人」はいませんでした。(本当はいたかもしれないけれど……)
だからこそ、子どもたちに「伝えること」はとても大切なことだと感じます。
「どのように伝えるのか?」と考える時間はとても大切だと思います。

 ところが、大切なことを考えているだけの時間はどうでしょうか?
動きながら考えてもいいのではないでしょうか?
僕たち大人の役割とは、子どもが生きるその「小さな社会」と、私たちが生きる「この社会」を繋ぐ架け橋になることではないでしょうか?

現代では、インターネット、スマホ、SNSなど物質的なホームをもつ子どもたちは多いと思います。
しかし、精神的なホーム(居場所)をもつ子どもはどれだけいるのでしょうか?

1982年福井県生まれ。高校卒業後、ウエディングプランナーとして働く。その後24歳で転職。仕事の休みを利用しながら色々な国へ。「いつか海外で生活したい」という思いから、30歳でカナダへ語学留学。同性婚が認められているカナダで約3年間生活した。「LGBTQがもっと暮らしやすい日本にしたい」という思いから、帰国後2016年からYouTubeで動画配信を始める。現在アドレスホッパーとして生活中。 Youtubeチャンネル登録者数7.8万人(2019.9月現在)
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