【グラデセダイ56 / でこ彦】グラデーションな季節#02「係長と、秋と、転校生気分と。」
●グラデセダイ56
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- 前回はこちら:【グラデセダイ55 / 小原ブラス】どうしていつまでも「引越し」に悩まされなくてはいけないのか
先日の昼休み、係長に誘われて会社近くのコンビニへ行った。係長は歩道に降り積もった落ち葉を蹴散らしながら歩いていて、小学生のようで楽しげだった。
「落ち葉って良いですよね」
と話しかけると、「そうか?」と冷たい相槌だけが返ってきた。
落ち葉は良い。映画の主人公の気分になれる。
薄切りにして素揚げしたサツマイモ色に染まった道路はレッドカーペットのようだ。歩くたびにシャクシャクと効果音がつくのも良い。粉雪や桜の花びらのようにフラフラと思わせぶりに舞い散らず、雨や雹ほど攻撃的でもなく、ボテボテと重い音を立てて落ちる様子は画面を賑やかしてくれる。
落ち葉は良い。ひいては秋も良い。果物がおいしい。いちじく、なし、ぶどう。秋が旬のものはおいしい。
コンビニで洋梨のジュースを見つけたので、買ってもらおうとしたら、先に会計を済ませた係長はすでに外に出ていた。
22歳の秋、僕は千葉県のコンビニで働いていた。駅を出るとうっすらと醤油の香りが漂う町で、遠くに観覧車が見えた。あれは何かと尋ねると、横田くんからは「なんか、あるんす」と要領を得ない回答しかもらえなかった。
横田くんは夕勤と夜勤を担当している20歳の大学生で、「ずっと男は俺ひとりだったから心細かったんすよ!」と僕の仲間入りを喜んでくれた。
ここでの労働は楽しかった。おでん鍋が壊れたときにみんなでホームセンターまで鍋を買いに行ったり、店の近くにある陸上競技場から試合スケジュールをもらい、大きな大会があるときにおむすびを大量に発注したり、結局誰も買いにこず大量に廃棄したりした。住宅街にある店舗だったので平日の客足がまばらで、文化祭のようにのんきに過ごせた。
トラブルや事件も起きず、強いて挙げるにしても、カードゲームが新発売になる度に箱買いをする男子小学生がいたくらいだ。支払いは毎回PASMOで、常に2万円チャージされていた。「こんなに買って親に怒られない?」と横田くんが心配して尋ねたところ、その男の子は「うち、お金持ちだから」と小声で教えてくれた。「それなら大丈夫か」と苦笑いするしかなかった。
男の子は店舗の裏の方に住んでいるということで、こっそり見に行くと立派な家が建っていた。それまでそこは公民館か何かの施設だと思って気に留めていなかった。まさか民家だったとは。広い庭には大きなキンモクセイが咲いていて、醤油をかき消す強い香りを放っていた。この花が咲くというのも秋の良いところのひとつだ。
偵察結果を報告すると、横田くんはキンモクセイを知らないと言ったので、ふたりしてレジを抜け出して案内した。
線香花火の火花のように小さく鮮やかな花を見て「この匂いの正体ってこれだったんだ!」と嬉しそうにしていた。
「フエキノリの匂いと似てない? 高校時代、キンモクセイが好きなあまり引き出しにフエキノリをしまって、授業中たまに嗅いでた」と言うと「そうなんすね!」と感心してくれた。
同世代ということもあって横田くんは積極的に話しかけてくれたが、その度に僕は心の中で謝罪しなければならなかった。ようやく登場した同性キャラなのに、ゲイでごめんなさい。プロ野球やアイドルなど何も話が合わなくてごめんなさい。ゲイなのに話がつまらなくてごめんなさい、と。
僕が勝手に落ち込んでいるだけで、横田くんは気にせず「音ゲーやったことあります?」「ボカロ好きなんすよ」と話題を提供してくれて、休みの日に一緒にゲームセンターへ行くことになった。補導とカツアゲしか連想するもののない僕は生まれて初めて「ゲーセン」に足を踏み入れた。
雷神が抱えるような円環状の光る太鼓をポコポコと叩く横田くんを後ろから見守った以外、何も覚えていない。僕も何かプレイしたのか、そのあとお茶でもしたのか、何も。ものすごく疲れたことだけが記憶にある。
僕は今まで男子から嫌われるか、上下のある関係しか持ってこなかった。「上下」と表現するのが適切か分からないが、転校生のような気分で接してきた。男子の中の僕は部外者で、受け入れてやるかどうか品定めされている感覚だ。
そこへきて横田くんは敬語こそ使えど対等に接してくれた。僕の言葉をちゃんと聞いてくれた。薄情にも僕はそれを重圧に感じてしまっていたのだ。「そうか? フエキノリに似てるか? うるせー」と聞き流してくれるくらいがちょうどよかった。
12月になると僕はまた別の町へ引っ越しをすることになり、店をやめることになった。
同年代のバイトだけで送別会を開いてくれ、主催の横田くんの家に遊びに行った。バイト仲間のひとりが耳にピアス穴を開けたいと言い、ホチキスのようなピアッサーを持ち出した。ひとりでやるのは勇気がいるから手伝ってほしいということだった。
彼女に向き合って座った横田くんが手慣れた様子でぷすんと開けると、その子は痛みか恐怖かで気絶してしまった。ぐにゃりと人が倒れるところを初めて目の当たりにした。
みんなが声をかけたり、座布団を並べて横たえて介抱する中、僕はぽかんと何もできなかった。水の中で聞く音楽のように、ゴム手袋を着用したまま掴む肉まんのように、どこか人ごとだった。
5分ほどしたらその子は目を覚まし、送別会はそのまま何事もなかったかのように解散になった。
この呆然としていた5分間が人生でずっと続いているような気持ちになることがある。
結婚や出産、家族の絆、スポーツもゲームもファッションも全て人ごとに感じる。人間関係でも目の前から逃げられる方が心地良くて、対峙されると反対に尻込んでしまう。
転校生気分とは言い換えればお客さま気分で、相手に任せきりの甘えた態度なのかもしれない。
これではいけないと反省し、ひとまず、気絶した人の処置方法だけは咄嗟に出るようにしておきたい。
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