グラデセダイ

【グラデセダイ45 / Hiraku】ファッションと私たちのこれから

「こうあるべき」という押しつけを軽やかにはねのけて、性別も選択肢も自由に選ぼうとしている「グラデ世代」。今回は、中村キース・ヘリング美術館プログラム&マーケティングディレクターのHirakuさんのコラムをお届けします。

●グラデセダイ45

私が考える「ファッション」と「スタイル」

ファッションを「ただの洋服だ」という人たちもいます。私もその通りだと思いますが、“スタイル”とは、“ただの洋服”を使ってどれだけ視覚的にコミュニケーションが取れるかという表現方法だと考えます。一般的には洋服で「おしゃれ」を表現したい人がほとんどだと思いますが、私は個人的に、その人の自分らしさを表現しているスタイルが好きです。

私にとってファッションとは、「視覚的言語」であると思っています。

容姿から伝わるコミュニケーションを通じて、私には洋服の着方でその人の内面がわかります。最近どんなことを考えて生活をしているのか、どんな人が周りにいるのか、どんなライフスタイルに憧れているのか。スタイルを通して、人は無意識に物語っていることがたくさんあるのです。

私は物心がついた時から、「スタイル」に囲まれてきました。母は幼い私に、外見における「ありきたり」や「わざとらしさ」が好ましくないものであるというコンセプトを植え付けました。また「季節感」や「さりげなさ」にこだわりを持つことをしつけました。色の組み合わせや生地の合わせ方まで厳しく教えてくれました。その結果、目をつぶってもスタイリングをできることが特技になりました。そんな私はのちに、アメリカの有名スタイリスト、パトリシア・フィールドのもとでスタイリストとして働くことになるのです。

「プロのスタイリストは自分の世界観でスタイリングをするのではなく、クライアントの目でどれだけ世界を視ることができ、それをその人の物差しでどのようにアップグレードできるかが決め手」と恩師パトリシア・フィールドは言います。

彼女は60年代から自身のブティックをニューヨークのダウンタウン地区で経営し、客層や世の中の動きを測りながら商品の仕入れや雇用を工夫し、のちに街で話題となりました。80年代にはキース・ヘリングやジャン=ミシェル・バスキアなどのアーティストが集い、ヨーロッパのファッションハウスがコレクションの参考のために、スパイにくるような場所でした。1990年代、2000年代にはテレビや映画(『セックス・アンド・ザ・シティー』や『プラダを着た悪魔』など)にスタイリストとして起用され、世界的ファッションアイコンとして知られるようになります。その成功は彼女の「クライアントの目で世界を視る」という客観性がもたらしたのではないかと思います。

「おしゃれ」とは?

私のパーソナルスタイルは、そのときの自分の境遇や音楽から社会・政治的ムードまで、自然と反映されます。例えば、まわりの人に派手な格好で登場することを期待されると、思いっきりシンプルにしてみたり、過去にはフェミニズムについての声明として、女性のような風貌を装って、わざと肌の露出をし、女性だと思うとびっくりするけれど、男性であると気付くと安心する、人々の反応に対するダブルスタンダードに疑問を問いかけるという格好をしていた時期もあります。

パトリシア・フィールドはそんな私のセンスを買ってくれていました。子どもの頃から憧れていたファッションアイコンの彼女に「あなたのスタイルは皮肉で社会的意識が高くて前衛的で、すごく頭がいい」と言われたとき、叫びたいほどの喜びを感じました。そんな彼女のもとで、自分にとって最高の教育を受けることができました。

スタイリストだった頃、「どうやったらおしゃれになれるの?」とよく聞かれました。

この世の中に決まった「おしゃれ」の定義はありません。人によってトレンドを追っていることがおしゃれだったり、フォロワーが真似してトレンドの先端になるインフルエンサーがおしゃれだと言われたり、最新のブランドものを身につけていることがおしゃれであったり……。世間的に「おしゃれ」だと言われるものは、メディアや文化が創り上げた固定観念であると私は信じています。

元スタイリストの目で、一般的な「おしゃれ」をあえて検証してみると、どれだけ外見で自分らしさを忠実に表現できていて、社会の規範に沿っているかではないかと思います。社会的規範から外れて自己表現だけで洋服を着ると、日本では残念ながら「頭がおかしい」とか「攻めがすごい」などと笑いものになりますよね。私も日本に住み始めたころ、よくヒソヒソとそう言われていました。

ファッションと私たちのこれから

そんなファッションやおしゃれの常識が今変わろうとしています。

現在ファッション業界は、収縮を続けています。ファストファッションが完全に市場を支配し、今や個人経営のブティックやデザインハウスは成功が困難になっています。ご存じのように、ファストファッション業界は、低賃金、大量生産、簡易縫製などを繰り返し「ただの洋服」をとてつもない量の廃棄物に変えてしまいました。そんな中、ファッション業界でもサステイナビリティーが叫ばれています。

サステイナビリティーはトレンドと捉えることもできますが、ココ・シャネルが洋服をフェミニズムの表現方法に使ったように、ファッションを通して環境問題の改善を図ろうとしているアクティビズムの動きなのです。
サステイナビリティーを達成するために、個人レベルでも社会レベルでもさまざまな動きが見えます。プラスチックボトルを使わず、タンブラーや水筒を使う人たち、社会や企業レベルでも最近はポリ袋の有料化や紙ストローの提供など、私たちの生活は変化しつつあります。H&Mでも、廃棄された柑橘類をリサイクルした繊維を使ったコレクションが発表されました。ファストファッションも環境問題を意識したマーケティングを始め、私たちのライフスタイルへ着目しています。

消費のライフスタイル化はファッションだけに限らず、これからどんどん増えていくでしょう。すでにスキンケア、食事や交通手段までさまざまなオプションがあります。

アメリカのミレニアル世代は、ほかの世代に比べ、買い物をしないという統計があります。私たちは、社会的に責任のある買い物か環境に優しい買い物かを意識した消費傾向にあるそうです。また、チャリティーや社会貢献に徹しているブランドを選び、児童労働や労働者の搾取などの背景がある企業を拒否する傾向にあります。

参考:45 Statistics on Millennial Spending Habits in 2020

この先10年でミレニアル世代が消費力の中心になるとされています。そうなると、ファッションはもはや容姿を飾るためのものではなく、私たちが住む世界の未来を踏まえたグリーンライフスタイルを象徴するものとして付き合っていく必要があります。

「おしゃれ」とは、どれだけ環境や社会に気を遣っているか、どんなバックストーリーがあるのかが決め手になる日もそう遠くはなさそうです。

ニューヨーク育ち。2014年まで米国人コスチュームデザイナー・スタイリスト、パトリシア・フィールドの元でクリエイティブ・ディレクターを務め、ナイトライフ・パーソナリティーやモデルとしても活動。現在では中村キース・ヘリング美術館でプログラム&マーケティングディレクターとして、自身が人種・性的マイノリティーとして米国で送った人生経験を生かし、LGBTQの可視化や権利獲得活動に積極的に取り組んでいる。
グラデセダイ