「ジェフリー・エプスタイン 権力と背徳の億万長者」共闘する女性たちの想いが世界を動かした【熱烈鑑賞Netflix】
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英国王室、米大統領とも繋がる大富豪の性犯罪スキャンダル
1人の男が宣誓し、質問を受ける映像。前科を問われ、男は答える。「売春教唆と児童売春の2件です」。
それは事実か? とさらに問われ、男は答える。「答弁拒否」。
「児童売春教唆の回数は?」「拒否」「フロリダで行った教唆の回数は?」「拒否」「バージン諸島での回数は?」「拒否」「NYでの回数は?」「拒否」「ニューメキシコでは?」「拒否」「パリでは?」「拒否」……質問は続くが、男が答えることはない。
自身の前科についての質問に「拒否」を繰り返す男の名は、ジェフリー・エプスタイン。世界中に豪奢な家を持ち、移動はプライベートジェット、政財界から芸能界までさまざまな著名人を友人に持つアメリカきっての大富豪の1人だ。その交友関係は幅広く、英国王室のアンドリュー王子、元アメリカ大統領ビル・クリントン、さらには現アメリカ大統領のドナルド・トランプまでもが名を連ねる。
しかし、その人生は謎のベールに包まれている。大富豪の資産運用で莫大な富を築いたということになっているが、彼がどのように巨万の財産と地位を手に入れたのか、詳細を知る者はほとんどいない。
そんな謎多き人物に発覚した未成年への性的虐待疑惑と、その被害者たちの苦難と闘いを追ったドキュメンタリーが本作だ。
「抱っこしてあげる」とベッドに入り込んできて……
最初に訴えを起こしたのは、画家のマリア。1995年当時、美大を卒業したばかりだった彼女が「大学の後援者」として紹介されたのがエプスタインと、そのパートナーのギレーヌ・マックスウェルだった。
エプスタインはマリアに“いい仕事”と称して、NYに買った新居のドア係の職を斡旋する。そうして近しい関係なったある日、彼女は姉妹について尋ねられる。何の疑問も持たず、頭が良く、有名大学への進学を目指し勉強中だった16歳の妹アニーについて話すと、彼は東南アジアへの研修旅行を勧めてきた。なんと旅費も出してくれるという。履歴書に書けば大学側の印象も良くなるため、アニーは魅力的な提案に飛びつくが、待っていたのは悪夢のような体験だった。
旅行に先駆けて、エプスタインたちに会うことになったアニーは、彼がニューメキシコに所有する牧場に招かれる。同じ目標を持つ学生たちと知り合えるチャンスと考えたのだが、そこに呼ばれていたのは彼女1人だけだった。品定めをするかのような視線を向けられるアニー。裸のギレーヌにマッサージされ、服を脱がされる。さらに翌日には、エプスタインが「抱っこしてあげる」と部屋にやってきて、ベッドに入り込んできた。何とか脱げ出し難を逃れたが、研修旅行に行きたい一心から、この時の恐怖体験については誰にも話さなかった。しかし、これで終わりではなかった。エプスタインの関心は、彼女のより幼い12歳の妹へと向かっていき……。
性的虐待のネズミ講ネットワーク
エプスタインの基本的な手口は、何か目的を持った、あるいは家庭や経済的に恵まれない少女たちに援助を申し込むところから始まる。しかし、彼は心やさしき足長おじさんではない。目的はあくまで少女たちの身体だ。ギレーヌのサポートのもと、経済的援助の対価として少女たちへの性的な接触もしくはレイプ行為に及ぶ。もしこれを拒む者があれば、別の同世代の少女を彼に紹介することで、性的対象としての役割を免除し、紹介料として小遣いを与える。こうして、少女たちを食い物にする大規模なネズミ講的ネットワークが形成されていく。
「小児性愛島」と揶揄されることになるバージン諸島リトル・セント・トーマス島の大邸宅をはじめ、非現実的な環境が幼い少女たちの思考を停止させてしまう。次第に、異常を異常と感じさせなくするための精神的なコントロール下に置かれていく。
もちろん、彼を訴える動きや、犯罪行為を暴こうとする捜査はあった。しかし、その度にどこかから圧力がかかり、悪事は揉み消されてきた。そして、告発をしようとした女性たちには脅迫まがいの言葉が送られ、その恐怖から沈黙を余儀なくされる。
被害者たちに「自分は絶対に捕まらない」と豪語するエプスタインの自信は、莫大な財産と人脈に裏打ちされていた。彼は、自分が支配する少女たちを、さらにその友人知人たちへと斡旋することで共犯関係を築き、いわば権力者たちの未成年者との淫行の証拠を握ることで力を得てきたと見られている。エプスタインが彼らに“贈り物”を渡す場所は、所有する地所内でのこと。家のそこここに無数の監視カメラが設置されてたとの証言があることからも、その目的は明らかだろう。
その力の絶大さは、ついに法に捕らえられ、エプスタインが刑務所送りとなった2008年の様子を追った第3話のエピソードに表れている。司法取引をした彼の刑期は、わずか13ヶ月。しかも、収監されながらも事実上外出フリーのVIP待遇、形骸化されたお勤めはホテル暮らしさながらだったという。そして、あっという間に出所し、何不自由のない元の生活へと戻っていった。
私の顔をよく見なさい
しかし、政治的圧力からハシゴを外された捜査関係者、元少女たちの訴えに心を動かされた弁護士たち、メディア関係者の執念が次第に状況を変えていく。また2010年代に入り、長年に渡って性的暴行を繰り返してきた映画プロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインの逮捕・実刑判決を後押しした「#Me Too」運動などが追い風となり、「泣き寝入りしてはいけない」という女性たちの機運が高まっていった。
本作では、エプスタインに苦しめられ、自分を責めながら沈黙せざるを得ない状況に追い込まれ、やがて立ち上がった被害者たちを「サバイバー」と呼ぶ。性的虐待から、そして社会からのセカンド・レイプまがいの仕打ちから生還した者たち。彼女たちが、人生をめちゃめちゃにした相手に立ち向かう決心をするまでの苦しみ、葛藤はいかほどのものだったか。被害者の1人ミッシェルは、裁判に臨んだ時の心境をこのように語る。
「目の前で聞きたかったのです。私の顔を覚えてる? 私について何か思い出せる? あなたには大勢の中の1人でも、あなたのことを私は決して忘れない。虐待を覚えている。私の顔をよく見なさい」
はっきり言って、胸くその悪くなるような内容である。しかし、虐げられてきた女性たちが立ち上がり、同じ傷を持つ者たちと共闘することで過去を乗り越え、今を、未来を生きようとする姿には胸が熱くなる。
弱者を食い物にする者たち、それに加担しながらシラを切って逃げおおせようとする者たち……エプスタインによる一連の事件は、当人の死によって強引に幕引きが図られた格好だが、まだまだ終わっていない。最低な現実は、確かにある。そこから目を背けてはいけない、ということを本作は教えてくれる。
「ジェフリー・エプスタイン 権力と背徳の億万長者」
監督:リサ・ブライアント
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