「ユニコーン・ストア」間違っているのは私か、ユニコーンか、それとも社会か。大人になれない大人必見【熱烈鑑賞Netflix】
●熱烈鑑賞Netflix28
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私事なのだが、先日東京から兵庫に引っ越した。それに伴い諸々の手続きが大量に発生、新しく家具や家電も揃える必要があり、現在もまだ悪戦苦闘を続けている。もともとおれはこの手の手続きや準備が死ぬほど苦手であり、よって今回もいろいろなところがグダグダになった。こういうことをスルスルとこなせる人間こそが、世間並みの大人なのだろう。おれは一体いつになったら大人になるんだろうか。もう33歳なのに……。
というような気持ちの人間にグッと刺さる映画が、今回妻からオススメされた『ユニコーン・ストア』だ。変なタイトルの映画だが、主演・監督はブリー・ラーソン。キャプテン・マーベル、映画監督もやってたのね……と感心することしきりである。この『ユニコーン・ストア』、大人になるとはどういうことかを丁寧に追った、なかなかの良作だった。
ニート、ユニコーンを飼うべく悪戦苦闘を開始
ブリー・ラーソン演じる主人公キットは、芸術家志望の若い女性である。しかし画業には挫折し、現在はほぼニート。子ども向けのボランティアに精を出す両親との折り合いも悪い。そんな中たまたまテレビで人材派遣会社のCMを見たキットは、その派遣会社に迷わず登録。広告代理店でOLとして働き始めるも、仕事内容はひたすらコピーを取り続けるだけというものだった。
ウンザリしながら会社勤めを続けるキットの元に、謎の案内状が届き始める。案内状に書いてあった住所に足を運んだキットの前に現れたのは、ド派手なスーツを着たテンションの高いセールスマン。彼はキットに「まともな大人になれたら、ユニコーンを売ってやる」と話を持ちかける。実はキットは幼少の頃、空想上の生物であるユニコーンと一緒に暮らすことを夢見ていたのだ。当初はセールスマンのいうことを疑っていたキットだが、ユニコーンをゲットする夢を叶えるために悪戦苦闘を開始する。
アメリカの女児のユニコーン好きはものすごいらしい。ピンクや紫、ブルーなどカラフルな色に彩られたユニコーングッズが大量に売られており、幼稚園児から小学生くらいの女の子に猛烈な支持を受けているのだ。キットもそんなユニコーンに魅せられた元女児であり、心の底にはユニコーンに対する憧れを持ち続けていた。この映画でのユニコーンは、キットの(そしてそれ以外の女性の)幼児性の象徴なのである。
しかし、そんな子どもっぽい夢を実現するためには、まともな大人にならなくてはならない……。馬小屋を立ててユニコーンの餌になる干し草を用意するためには技術のある人間に理解を得て手伝ってもらう必要があるし、実家住まいでユニコーンを飼うには同居している親の了解だって取らなくてはならない。お金がなければユニコーンは飼えないから、仕事に就いて収入も得なくてはならないだろう。ユニコーンを飼うためには、コミュニケーションとか社会性とか、なんかそういうのが必要なのである。めんどくせ~~!!
世間から「そんなことはいい大人がやるべきことじゃない」と言われつつも、密かに子どもの頃から大事にしてきた物事がある人なら、感情移入必至の内容だ。おれもいい年してオモチャやらプラモデルは買うし、そのくせ役所に書類出しに行ったりするのは大の苦手だしで、キットのことは全然他人のような気がしない。「ユニコーンを飼わせてくれない、世間の方が悪いよなあ!」と、完全にキット側目線で見てしまった。まともな大人でなくては、子どもの頃から好きだったことが満足にできない! なんて皮肉な状況だろうか。
でも、世間だって変なんです
『ユニコーン・ストア』が秀逸なのは、世間の方は世間の方で所々描写がヘンテコなことである。会話はなんだかチグハグでノリがおかしいし、画面に出てくるキット以外の「普通の人」の言動もなんだか変。キットが務める代理店の従業員の会話もなんだかズレてるし、リアルな現実世界というよりは、戯画化された「社会」という感じである。
そんなヘンテコな社会には、けっこう最悪なセクハラおじさんとかがデンと居座っていたりする。キットの頭の匂いをいきなり嗅いで「ココナッツのシャンプー使ってる?」とか言い出すし、このおじさんはけっこうキツい。そもそもキットがやらされる仕事の内容だって延々ず~っとコピーを取り続けるだけだし、ちっとも面白そうじゃない。『ユニコーン・ストア』では、子どもじみた目標に向かってドタバタするキットのヘンテコさと同じくらい、世の中のよくわからなさが盛り込まれている。
『ユニコーン・ストア』の劇中では、このヘンテコさが「笑えるもの」としてわかりやすく演出されない。なんか変なんだけど、コメディっぽい演出とそうでない演出のギリギリ境界線という感じの表現になっている。出てくる人たちは一応なんだか真面目にやっているようだけど、言動はなんだかふざけているようにも聞こえる。やりとりは変なんだけど、話している人間は終始真顔だし、「ここは笑ってくださいね!」という音楽が流れたりもしない。変だけどみんな真面目にやっているから、笑うに笑えない。
そんな描写を見ているうちに湧いてくるのは、「こんなよくわからない世の中に適応するのが、果たしてそんなに偉いのか……?」という疑問である。変だけど笑うに笑えないような社会の方がめちゃくちゃ、ユニコーンの方がかわいくてかっこよくて最高なのは間違いないのだ。しかしユニコーンを手に入れるためには、そんな世の中でまともな大人にならなくてはならない……。キットはまことに困った状況に追い込まれる。う〜、身につまされるなぁ……。
社会と自分の欲求の板挟みになったこの状況。打開してユニコーンにたどり着くため、キットがとった「大人になるための行動」とはどういうものだったのか。そこは是非とも見て確かめてほしいのだが、個人的にはいつまでも大人になれない・なりたくない人間がとれる行動としては納得のいく落とし所だったと思う。「大人になれない……世の中が悪い……ていうか、そもそも大人ってなんなんだよ……」と、いい歳こいて考え込んでしまうような、役所に行って書類を出すのが死ぬほど苦手な人にこそ、是非とも見てほしい一本である。
「ユニコーン・ストア」
監督:ブリー・ラーソン
出演:ブリー・ラーソン サミュエル・L・ジャクソン ジョーン・キューザック ブラッドリー・ウィットフォード ほか
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