テイラー・スウィフトのドキュメンタリー「ミス・アメリカーナ」日本社会に窮屈さを感じている人に観てほしい【熱烈鑑賞Netflix】
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- 前回はこちら:「アンという名の少女」がすごい。アンもダイアナ原作通りだ!と観てたら、現代的解釈に不意打ちされた
「○○に政治を持ち込むな!」って本当?
芸能人は政治に口を出すな。
ミュージシャンは政治に口を出すな。
スポーツ選手は政治に口を出すな。
そんな空気が今の日本を覆っている。特に、女性に対して。
女性の有名人が政治について語ったら、賛同の声の数倍、数十倍の非難の声が集中する。それも発言内容に対する批判ではなく、発言したこと自体が責められる。今年の5月に「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグをつけてツイートした女性有名人が何人も攻撃に晒された。
もしかしたら、有名人だけでなく一般の女性たちも、(現政権を賛美する以外の)政治についての発言をしたら、どこかから言葉の礫が飛んでくることを恐れているかもしれない。言葉の礫は人々を萎縮させる。自分は政治について語るべきじゃない、政治に意見を言うなんておこがましいと考えるようになった人もいるだろう。
政治を例に挙げたが、人権問題や性被害の問題についても同じようなもの。最近は「Black Lives Matter」に賛同した女性有名人が攻撃された。女性が抗議の声を上げると叩かれる。その繰り返し。
そんな今の日本の社会に窮屈さを感じている人にぜひ観てもらいたいのが、Netflixで今年1月から配信が始まった「ミス・アメリカーナ」だ。
史上最年少にして最も売れたカントリー歌手
「ミス・アメリカーナ」はアメリカのアーティスト、テイラー・スウィフトに数年にわたって密着したドキュメンタリー。洋楽のことは知らなくても彼女の名前ぐらいは聞いたことがある人は多いと思う。
なにせ30歳の若さにして、アメリカ音楽界の最高峰・グラミー賞10冠を獲得。全8枚のアルバムの累計売り上げ枚数は軽く4000万枚を突破。彼女の曲は『テラスハウス』の主題歌としても使用されていたので耳にしたことのある人も多いと思う。
しかし、「ミス・アメリカーナ」は音楽ドキュメンタリーではない。90分足らずのコンパクトな作品だが、ここにはテイラー・スウィフトの「変化」と「戦い」が余すところなく収められている。そしてこれは、彼女が「自分」を獲得していく物語でもある。
6歳のときからカントリー・ミュージックに親しみ、12歳の頃にはステージに立っていたテイラーの生きがいはまわりの大人に褒められること。彼女の日記帳には「良い人と思われること」というポリシーが書き連ねられていた。作詞、作曲、演奏をこなすテイラーは、16歳でデビューするとすぐさまチャートイン。スターへの道を順調に歩んでいく。
カントリー・ミュージックはアメリカ南部発祥の音楽で、日本の「演歌」に近いとも言われるが、もっと保守的で愛国的だ。テイラーが住んでいたテネシー州のナッシュビルはアメリカ南部の保守王国である。
カントリーとロックを融合させたテイラーは史上最年少にして最も売れたカントリー歌手となった。しかし、2009年のMTVミュージックアワードで衝撃的な事件は起こる。最優秀女性アーティスト・ビデオ賞の受賞スピーチの途中でラッパーのカニエ・ウェストが乱入し、マイクを奪ってこう言ったのだ。
「ビヨンセが真の受賞者だ。彼女が受賞すべきだ」
テイラーはトロフィーを持ったまま、ステージに立ちすくむしかなかった。観客は無礼なカニエにブーイングを送ったが、ブーイングが自分に向けられると思ってしまったテイラーは精神的に追い詰められていく。
テイラー・スウィフトは最悪のセレブ
カニエの暴挙によって精神的に追い詰められたテイラーだが、彼女はここから進化を見せる。ボブカットに全身ボディスーツで踊りながら激しく歌い上げるようになり、アルバムはどれもチャートのトップ。「彼女こそが音楽産業そのものだ」とまで称賛される。
移動は自家用ジェット。玄関から一歩出るだけで、すさまじい数のファンに取り囲まれる日々。パパラッチを気にして食事を十分に摂らない時期もあった。摂食障害だ。スマートな体型を維持するために、食べずに運動する。彼女はライブ中に気絶しそうになるのを当たり前だと思っていた。
また、数々の有名人と恋愛を重ねた彼女のプライベートは晒され、猛烈なバッシングを浴びるようになる。トーク番組の女性コメンテーターたちは「被害者ヅラしてるだけなのよ」と嘲笑した(司会のウーピー・ゴールドバーグは端の席でしかめ面をしていたが)。ウェブマガジンには「テイラー・スウィフトは最悪のセレブ」と書かれ、世界中でテイラーを嫌うツイートが流れた。
「人の評価がすべてだったから、ひどく傷ついたの」とテイラーは振り返る。当然だ。彼女は言う。「信念について考え直した。自分の正気を守るために」。
“いい子”は意見を押しつけない。政治の話で人を困らせるのもダメ
テイラーは保守的なナッシュビルでカントリー・ミュージックとともに育ったこともあって、デビュー直後から政治からは距離を置く姿勢をとってきた。
「カントリーシンガーとして政治的な押しつけはダメ。口出しは厳禁。それがルールよ」
「“いい子”は意見を押しつけない。笑顔で手を振ってお礼を言うの。政治の話で人を困らせるのもダメよ」
トーク番組では「投票は権利だけど人に強要するのは違う」と言って、おじさん司会者に絶賛されていた。おじさんは若くて影響力のある女性が政治的な発言をするのを好まないからだ。
しかし、テイラーの考えが変化していく様をこのドキュメンタリーは映し出している。2018年に行われた中間選挙で、地元テネシー州から出馬した共和党候補のマーシャ・ブラックバーは「女版トランプ」と呼ばれるほどの超保守派だった。
テイラーは彼女に怒っていた。「何が最も頭にくるかって、女性を暴力から守る案に反対した」。地元の男性たちの考え方に迎合し、女性の権利に無関心なブラックバーンはDVやストーカーを規制する制度や同性婚に反対していたのだ。
ブラックバーンと敵対するということは、トランプ大統領と敵対することになる。テイラーのスタッフたちはこぞって警告する。トランプに反対したら、何が起こるかわからないぞ、と。
ここでテイラーの先輩である女性カントリーグループ、ディクシー・チックスの映像が挟まれる。彼女たちはイラク戦争直前のブッシュ大統領を批判したことで「反アメリカ」「裏切り者」の烙印を押されていた。テレビで初老の男性コメンテーターたちに「あんなバカ女は見たことがない」「叩いて調教すべき女だ」と言われ、CDは踏み潰された。テイラーは彼女たちを反面教師にしろと言われてきたのだ。だが、実は大ファンだった。
もうひとつの大きな理由がある。テイラーは27歳のとき、性的暴行を訴えた。2年前に遭った悪質なセクハラを訴えたものだったが、裁判では「なぜ後から言う?」「なぜ逃げなかった?」と責められた。勝訴したが「人間性を踏みにじられた」と振り返る。
テイラーはコンサート会場でピアノを弾きながら、性的暴行の被害者として法廷に立った話を語り始めるようになっていた。誰からも“いい子”と思われたくて、自分の考えを持たなかったテイラーが、自分を取り戻して声をあげはじめた。
「もう我慢の限界よ。“黙ってろ”なんて言わせない」
勇気を出して権力を正しく導けば、未来は変わるはず
2018年の中間選挙の直前、テイラーは政治的な主張を行うことに反対する年長の男性スタッフたちを涙ながらに説得する。
「だって私は間違ってない。正しいことをしたい。努力もせずに負けたくない」
ずっと見守ってくれていた母親、広報担当の女性と乾杯した後、ついにテイラーは民主党支持の発言をインスタグラムに投稿する。男性スタッフも最後は賛成してくれた。
カントリーシンガーで保守派だと見られていたテイラーの政治的な発言は爆発的反響を巻き起こした。テイラーの投稿後、たった24時間で新たに5万人以上が有権者登録を行った。しかし、中間選挙の結果は――。
「ミス・アメリカーナ」が配信されてから数カ月。アメリカではまもなく大統領選が行われる。日本では7年8カ月にわたる長期政権が終わりを迎えたが、国民の手の届かないところで次の首相が決定した。「ミス・アメリカーナ」は今こそ日本で暮らす人たち――特に女性、特に若い人たちが観るべきドキュメンタリーだとあらためて思う。テイラーは中間選挙の直後に作った曲「オンリー・ジ・ヤング」についてこう語る。
「“戦え”って歌よ。勇気を出して権力を正しく導けば、未来は変わるはずだから」
誰にだって政治のことを発言する権利はある。大人になったら投票権があるのだから、そんなの当たり前のことだ。「ミス・アメリカーナ」を観て21世紀最大のポップスター、テイラー・スウィフトの「戦い」を見届けたら、ぜひ「オンリー・ジ・ヤング」の歌詞をたしかめてほしい(なぜか日本語字幕が出ないんだけど、他に和訳のサイトがたくさんある)。もう、すごいんだから。
「ミス・アメリカーナ」
監督:ラナ・ウィルソン
出演:テイラー・スウィフト
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