本という贅沢112 『ぼくは翻訳についてこう考えています 柴田元幸の意見100』(柴田元幸/アルク)

胸よりお尻より先に鍛えたい。ぴたっとフィットした言葉でエロまりたい

毎週水曜日にお送りするコラム「本という贅沢」。今月のテーマは「大人になる夏」。 リアルな対話が少なくなる中、ますます大事になるのは自らが発する一つひとつの言葉です。この夏に研ぎ澄ましてみませんか?そんな気分を高めてくれる1冊を紹介するのは書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんです。

●本という贅沢112 『ぼくは翻訳についてこう考えています 柴田元幸の意見100』(柴田元幸/アルク)

『ぼくは翻訳についてこう考えています 柴田元幸の意見100』(柴田元幸/アルク)

今月のテーマは「大人になる夏」。
それで思い出したのだけれど、ギャル誌のライターをやっていたときは、毎年8月号で「大人になる夏」特集をやっていた。まあ、アレです。いわゆるひとつのセックス特集です。
2週間でくびれを作るみたいなものから、脱毛の仕方に、おっぱいケアに、コンドームの付け方まで。
なので、「大人になる夏」って言われると、まずそっち方面のことしか頭に浮かばないくらいには、頭が沸いてるんですけど。

よく考えたら、わたしも皆さんも、そもそもいい大人じゃないですか。
40代のわたしと、telling,世代のみなさんをいっしょくたにするのは乱暴だけど、まあ、10代のギャルに比べたらお互い十分大人だ。
じゃあ、すでに十分大人な私たちは、どうやってもっと大人になるかっていうと……ちょっと思い立ったことがあるんです。

言葉。
うん。
そう、言葉。

おっぱいやら、お尻やらじゃなくて、言葉をもう少し、鍛えるといいんじゃないか。
と、思ったんだ。

いや、というのもね。
緊急事態宣言が解除されてから、久しぶりに会いたいなと思った人たちに順番に会っていたわけです。
そこで思ったのは、言葉って、もう相当に前戯だなってこと。

先日、ある方とご飯した時は、もう、それしかない感じの繊細で的確な言葉選びに、ずーっと身体をさわさわ撫でられてるみたいだった。 
欲しいところに、ピンポイントでちゃんとくる。その時のまぐわい感が半端ない。
100%仕事の話しかしなかったけれど、3時間飲み終わったときにはもう、かなり仕上がっていて、うっかり「抱いてください」って言いそうになったよ。
まあ、相手が女性だったし、彼女はストレートっぽかったから、なんとか思いとどまったけど、相当にくらくらした。

別の男性経営者と会ったときには、ずばり「さとゆみ、その歳になったら、磨くべきは言葉なんだよ」と、言われた。
女は若ければ若いほどいいっていう男も多い。でも、本当にいい男と付き合いたかったら、とにかく言葉を鍛えなさいって。男だって、24時間セックスできるわけじゃないから、言葉を持ってない女には飽きるんだよ。と、彼は言う。
なるほど、わかる気がする。同世代でモテまくってる女性たちは、たしかにみんな、言葉が魅力的だ。
いや、女だけじゃない、男もだな、と彼は言い直す。うんそうだね。そんなふうに言い直す彼の言葉も、綺麗に絞れている。

リアルなコミュニケーションが少なめの今だから、余計。気持ちのいい言葉に触れると、それだけでとても貴重なプレゼントをもらった気持ちになる。

とまあ、そんなことをゆらゆらと考えていたこの夏だったので。
この本を読み始めたとき、本気で興奮した。

翻訳家、柴田元幸さんの名言集。

うわあああああ。言葉!! 言葉が強い!! かっこいい!!

言葉って、ここまで選び抜き研ぎ澄ませることができるんだ。ここまで抜いたり刺したり滑り込んだりできるんだって、もう、鼻血が出るほど興奮した。
ひとつひとつの文章は決して長くなくて、余白の多い本なのだけれど、その余白が私の書き込みだらけになったくらい、興奮したよ。

と、この品のない流れで柴田先生の名前を出したことに激おこな柴田先生ファンの皆様にはごめんなさい。
でも翻訳家ほど、言葉の存在に真摯に誠実に向かい合っている職業の方はいないよね。
その誠実さに私は、もうどうしようもなく、色気を感じる。

たとえば、こんな感じ

「あなたにとって翻訳とは何ですか」と問われたら、迷わず「快感の伝達です」と答えます。

ああ、もう、伝達したいし伝達されたい。

そんで、さらにこんな感じ

日常生活において、いかにも頭のみで言葉を操っているなというときと、おなかなど身体を使って言葉を支えているな、というときの感覚の違いは、僕に限らず誰にでも経験があると思います。

くううう。身体性。身体性。
そうなんだよね。言葉を発している場所って、口じゃない。
たぶん、おへその下あたりにマグマみたいなのがある感じする。

そしてきわめつけ、こんな感じ

結局、自分にしっくりくる言葉には限りがあって、それを活用するしかない

ふううううう。そう、なんだよね。だから、結局よく生きないとよく話せないし書けない。
自分が使える言葉を増やすというのは、生きる範囲を増やすことにほかならない。だから、自分の身体にフィットした言葉を持っている人たちは、たまらなく魅力的なのだと思う。

とまあ、いちいち撃ち抜かれながら、官能小説を読むような気持ちで、言葉のプレイを楽しんでいました。
言葉の素晴らしさを伝えるためのレビューが、貧相なボキャブラリーですみません。

こんなふうに、いいあんばいの言葉を身体にそわせて、時折それをこぼしたりふりまいたりする、エロス漂う大人になりたいと思った夏でした。

・・・・・・・・・・・・・

この本は、ぜったいに、電子書籍ではなく紙の本がおすすめです。あと、この本を読むと、村上春樹さんの翻訳本をさらに面白く読めるようになると思います。

・・・・・・・・・・・・・

それではまた来週水曜日に。

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。