本という贅沢109 『ベッドの上でしか囁けない愛だってあるさ』(たまる/KADOKAWA)

「ぜったい浮気しないで」って言わずにすむと、みんな楽になるのかな?

毎週水曜日にお送りする、コラム「本という贅沢」。今月のテーマは「人づきあい」。 古今東西、老人男女問わず、対人関係において、最も心を乱されることのひとつは恋愛です。 今回はそんな恋愛の価値転換を促す一冊。紹介するのは書籍ライターの佐藤友美(さとゆみ)さんです。

●本という贅沢109 『ベッドの上でしか囁けない愛だってあるさ』(たまる/KADOKAWA)

『ベッドの上でしか囁けない愛だってあるさ』(たまる/KADOKAWA)

今日は皆さんに、ちょっとこれ、革命的に名作じゃない? っていう本をお勧めしたいのだけれど、この本を私の筆力で下品にならずに紹介できる気がまったくしなくて、いったん別の話をするね。

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日常会話の中には、「言っても意味がない不毛な言葉」ってたくさんある。たとえばその代表格が「ぜったい浮気しないでね」だと思う。

そんなん、なにがあっても浮気しないタイプの相手には、そもそも言う必要がないし、機会さえあれば浮気するタイプの相手には、それこそ言っても無駄だよね。
「都会に生きるしなやかな女性」と同じくらい、何か言ってるようで何も言ってない、実りの少ない言葉だと思う。

でももちろん、それでもその無粋を口に出してしまう女心/男心は私にもよくわかって、 では、「ぜったい、浮気しないでね」よりも多少マシな表現はなにか、と考えてみると、 「浮気されたら、悲しい」くらいだろうか。主語が相手ではなく自分であるところが、まだマシかなと思う。

浮気したら、別れるからね」というのも、ときどき聞く。これは、自分の意思で実行できるぶん、口に出す意味はある。
けれども、そんな野暮なことをわざわざ言わなくちゃいけないくらい惚れ込んでる男/女を、浮気くらいで手放せるのだろうか? という別の疑問にぶち当たる。

それらに比べて、「浮気するなら、バレないようにして」は、ずいぶん建設的だと思う。少なくとも、「浮気しないで」より、よっぽど現実的な落とし所だ。
でも、これを言うと、浮気を公認してるように聞こえるという問題点があるよね。

……なんてことを、先日、非常によくおモテになる若者と話してた。

なんでそんな話になったんだっけ。あ、そうそう。付き合っている彼女が嫉妬深くて困っている、という話からだった。

「でも実際、長い人生、ずっと同じ相手がベストパートナーとは限らないですよね……」と、彼はその切れ長の目を細める。
こんな色っぽく笑う男が彼氏だったら、まあ確かに彼女も心配するだろうなと、人ごとながら同情する。

そして、彼の言うことは超ごもっともだと、私も思う。
人は、いつか、乗り換える。
乗り換えないまでも、その時々で、心を奪われる人は違ったりする。それはどんなに悲しくても止められないし、できれば止めたくない。人にされて嫌なことは、なるべく自分もしたくない。

でもだとしたら、私たちはもう少し、根本的な価値変換をしたほうが楽なんじゃないだろうか。
恋愛における嫉妬とか、独占欲とか。そもそも、そういう心を乱されるステージから降りる術を持ったほうが救われるんじゃないか。

神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。
変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。(ニーバーの祈りより)

というわけで、私は、嫉妬に苦しむ彼女とその彼女に悩む彼のために、そして私たちみんなのために、今週は、嫉妬を手放すための本を選書しようと心に決めた。

で、こういうときは、やっぱり古典に限ると思ったわけ。
だってこの問題、古今東西、世界中の人々がぶつかってきた課題でしょ。長く読まれているベストセラーがいいでしょ。ってことで、『愛するということ』を読んださ。

帯には、「愛されるため」ではなく、「愛するため」の技術が書かれていると、ある。
お、いいじゃん、それ。
主語が自分の側にあることは、自分の努力次第でなんとかなる感じするじゃん。

『愛するということ』フロム,エーリッヒ(著)・鈴木晶(訳)/紀伊國屋書店

でも……なんか違った。
なんか、違う。いや、いい本なんだけど、いま、おれたちが必要としているのは、こういう左脳にアプローチしてくる本じゃない。
愛するための技術とか、嫉妬に狂ってるときに、あんま役立たない気がする。

そして、この帯の推薦文を書いているが女優の杏さんだったので、世の無常を感じて悲しくなってきた。

(閑話休題)

『愛するということ』に玉砕した私は、敏腕書店員の栗原さんになんかお勧めしてもらおうと思って青山ブックセンターをぶらぶらしてた。
そのとき。向こうから私の手に飛び込んできたのが、この本だった。
作者はたまるさんという女性らしい。前情報なしに開いたこのエッセイの一行目は、この一文で始まる。

性欲の強い生涯を送ってきました。

「人生」ではなく、「生涯」と書くあたり、煩悩がマグマ化していて磁場の歪みがすごい。
青山のど真ん中で私はたまるさんの発する磁場に取り込まれ、気づけばお会計してました。

で、やっと最初に戻るんだけど、この本、ちょっと革命的に名作だった。

性欲が強かったあまりに経験してきた、恋やセックスやセックスやセックスが、嫉妬や執着みたいなものを、軽々と凌駕していくさまは、アクション映画見てる感じだった。

「恋したりセックスしたりするのを楽しみ尽くせば、あとはぜんぶ、些事じゃね?」

ページをめくるたびに、たまるさんのスーパーポジティブマインドが、じわじわ侵食してくる。嫉妬なにそれ美味しいの? 予想できない未来を悲観するより、今を味わい尽くしたほうがいい。そんな気持ちになってくる。

「辛くなったら、やめればよくない? 自己肯定感下げてまで、男とつき合う必要ないよね?」

いや、それ、友達に言われるとなんかモヤっとするんだけど、自称エロビッチのたまるさんに言われると、なんだ、この、心地よさ! 猪木のビンタか! 深夜の2時半まで一気読みして、久しぶりに超絶清々しい気持ちになっていたよ。

この本、「自己肯定感爆上げ本」という謳い文句なんだけど、なんでフリーセックスの本読んで自己肯定感あがるんだよって最初思ってたけど。
あがるわ、これ。
間違いなく。
頭ではわかってたはずのこと、カラダで納得できる。
彼女が読むべき本、これだわ! って、なりました。

というわけで、今日も非常によくおモテになる若者とミーティングだったので、「彼女にどうぞ」とプレゼントしたら、パラパラめくって「え、こんなん、渡せませんよ」って、真顔で言われた。

いや、わかってないなー。
たぶん、彼女が(そして君も)救われるのは、こういう本だと、私は思うよ。

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たまるさんの文章。加藤はいねさんが好きな人なら、多分ハマります。

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それではまた来週水曜日に。

ライター・コラムニストとして活動。ファッション、ビューティからビジネスまで幅広いジャンルを担当する。自著に『女の運命は髪で変わる』『髪のこと、これで、ぜんぶ。』『書く仕事がしたい』など。